過去と未来が並行してる? 創業100年の漆喰工場に行ってきた。

取材協力:田川産業株式会社(福岡県田川市)
取材者:西澤丞

はじめに

とある人に映像を見せていただいたことから興味がわいて、漆喰(しっくい)を作っている工場に行ってきた。場所は、福岡県田川市。近くには、石灰石鉱山や元総理大臣の苗字と同じ名前を冠したセメント工場があったりして、昔から石灰石に馴染みのあった場所なんだと想像できる。取材先は、田川産業さん。創業が大正13年で、当時からの設備がいまだに稼働中だ。また、漆喰を専業にしていて、原料から作っている会社というのは、この田川産業さんだけということで、かなりレアの会社だ。

インタビューに答えてくれたのは、取材の窓口にもなってくれた行平史門さん(37歳)。この会社の常務で、4代目社長候補だ。

この工場で作っているもの

この工場では、炭酸カルシウム、漆喰、漆喰セラミックの3品目を中心に生産している。炭酸カルシウムは、タイヤや靴底などのゴム製品の増量材として使われる。漆喰は、主に建物の壁材として使われている素材で、城や倉などの壁に使われている白い素材がそれだ。漆喰製品は、消石灰だけのものから、糊や繊維を配合し、水を混ぜるだけで使えるもの、あらかじめ水も加えてあって、すぐに使えるもの、色がつけてあるものなど、多様な商品を生産している。漆喰セラミックは、消石灰を原料としたタイルで、消石灰を高圧のプレス機で圧縮した後、二酸化炭素を使って硬化させたものだ。普通のセラミックタイルと違い、焼き固めたものではないという特徴を持つ。また、硬化の工程で使う二酸化炭素は、生石灰を作った時に出るものを使っているので、SDGsにも合致した今どきな製品だ。それから、文化財の修復にも力を入れているため、修復対象となる漆喰を分析し、同じ成分になるように調合した漆喰を作ることもある。

生石灰(きせっかい)を作る

この工場で作られるものは、すべて石灰石を熱するところから始まる。石灰石とコークスを窯の中に入れ、900度程度まで熱し、まずは生石灰を作る。

石灰石とコークスを入れた釜の上。投入口の蓋を閉じている様子。コークスっていうのは、石炭を蒸し焼きにしたもので、石炭をそのまま燃やすよりも熱量が高くなる。
石灰石を熱する時には、少量の塩を加える。この塩の量で反応の進み具合が変わるのだ。
釜に材料を投入している様子。

漆喰を作る

消石灰を作る

漆喰は、消石灰に、糊と繊維を混ぜた物なので、まずは、先ほど作った生石灰に水を加えて、消石灰を作る。この工程は、消化と呼ばれている。

これが、消石灰。ものすごく粒子の細かい粉末だ。
消石灰を作る工程では、水加減がとても重要なので、時々チェックする。
この日は、新人さんと一緒に作業をしていた。

糊を作る

漆喰に加える糊は、海藻を元にしている。漆喰の材料に化学的なものは使わないのだ。ちなみに漆喰が固まるのは、二酸化炭素と化学反応が起こるからで、糊は、施工する際の作業性を良くするために加えるだけだ。知ってた?僕は知らなかった。

糊の元になる海藻を、釜で煮ている様子。
これが、糊の元になる海藻。
釜に火をくべている様子。建築廃材などを燃料にしている。

調合済みの漆喰を作る

攪拌機に消石灰を投入した。
糊を投入しているところ。
漆喰に加える繊維。漆喰に使う繊維は、麻をはじめ9種類くらいある。

取材をさせてもらうまで、漆喰について何も知らなかったんだけど、漆喰って、実は、ものすごい性能を持っている。ここでは詳しく触れないが、自然素材を使っているので、シックハウス症候群と無縁である以外に、消臭性や不燃性などもある。もっと知りたい方は、田川産業さんのウェブサイトに詳しく書かれているので、そちらもご覧いただきたい。

炭酸カルシウムを作る

ゴム製品の増量材として使われる炭酸カルシウムは、この会社が創業当初から生産している商品だ。設備も大正時代のままだと思われる部分もあって興味深い。さて、製造方法だ。まずは、石灰石を熱して出来た生石灰を、水に投入して水酸化カルシウムを作る。その後、不純物を取り除き、タンクの中で二酸化炭素と反応させて炭酸カルシウムとし、それを乾燥させたものが製品となる。ただ、残念なことに、取材した日は、水酸化カルシウムを炭酸カルシウムにする設備は整備中だったので、稼働している様子を見ることが叶わなかった。

炭酸カルシウムを作る作業場。
浄化装置の底部に溜まった不純物を取り除いている様子。

他の設備から出た水酸化カルシウムを含んだ水をためておく装置。
炭酸カルシウムの水溶液は、木箱の中に入れ、それを3〜4ヶ月程度(!)乾燥させる。
乾燥させるための建物の中は、こんな感じ。3階建てになっている。
乾いた炭酸カルシウムを集めている時の様子。

漆喰セラミックを作る

田川産業さんが作っている漆喰セラミックは、いわゆるセラミックタイルと違い、固める時に熱を加えない。その代わり、プレス機を使って超高圧で圧縮した後、二酸化炭素を加えて硬化させる。

型枠に消石灰を入れているところ。

型枠をより頑丈なものに差し替えて、プレス機に送る。型枠の分厚さからプレスする圧力をうかがい知ることができる。
圧縮が終わったばかりの状態。この時点では、かなり柔らかい。

プレス機による圧縮が終わったら、台車ごと密閉した部屋に入れて、そこで7〜8時間くらい二酸化炭素と反応させる。すると不思議なことに大理石のような硬いタイルが出来上がる。この時に使う二酸化炭素は、石灰石を熱した時に出て来たものを使うので、とても効率がいい。粉末から硬いタイルになるのも不思議だけど、二酸化炭素で固くなるというのも不思議だ。なお、この漆喰セラミックには、材料にフライアッシュ(火力発電所で出る燃えかす)を加えることも出来るという。なんてエコなタイル!

漆喰の原料として不向きな粒子の大きな消石灰は、農業用などとして販売される。

製造工程以外の話

さて、ここからは、行平さんに製造工程以外の話を聞いてみた。

家業であるこの会社に入った経緯は?
「大学を出てから6年半くらいは、銀行に勤めていました。銀行で色々な会社と関わっているうちに、金融ではなく、ものづくりに関わりたいと思うようになって、その時に、自分だったら家業である田川産業のポテンシャルを、もっと引き出せるように感じて入社しました。」

行平さんの仕事内容は?
「漆喰と縁のなかった人たちと接点を増やす仕事をしています。具体的に言えば、製品企画であったり、ブランディング、それに販路を増やすような活動です。販路で言えば、今までは、セメントや漆喰といった湿式建材を扱ってもらう販路だけだったのですが、材木を扱う木建ルートやユニットバスなどを扱う住設ルートなどにも販路を広げつつあります。昔ながらの伝統を守りつつも、漆喰を使ってくださる方々の裾野を広げたいと思っています。」

建設中のショールームと研究開発室を兼ねた建物。
インタビューに答えてくれた行平さん。

今、取り組んでいることとは?
「田川産業の企業価値を上げようと思っています。以前、百貨店さんから1フロア全部をサステナブルにするというお話があった時に、ライミックス(漆喰セラミックの商品名)を採用していただきました。採用のきっかけとなったのは、田川産業が昔から行なっている、体に良い自然素材を使うという企業姿勢です。このことから、商品の背景となっているストーリーに価値があることに気がつきました。ライミックスも、ぽんっと置いてあったら、ただの白いタイルですが、ストーリーをお伝えすることで、価値を理解していただける。そこを、もっとブラッシュアップするべきなんじゃないかと思っています。」

「商品として取り組んでいるのは、大豆油から作った樹脂と漆喰を作る技術を応用して、道路用の白線として使えないかという研究です。海洋マイクロプラスチックが問題になっていますが、原因物質の8%は、道路用の白線だと言われています。だったら、それをうちの技術で天然由来のものに置き換えられたら、田川産業が今までやってきたこととも整合性がありますし、企業価値を上げることができると思います。漆喰以外の製品も作ってゆくことで、お客様と、より多くの接点が出来ると考えています。」

「また、今、海外に向けた展開も始めています。日本文化として有名なのは、寿司だったり禅だったりすると思うんですけど、それらを取り囲む空間については、注目されていません。ですから、単に漆喰を売り込むのではなく、日本文化を楽しむ空間全体を知ってもらおうと思い、畳や和紙のメーカーさんと一緒に、アメリカの展示会に参加することになっています。」

やりがいを感じることとは?
「漆喰のファンになってくれる人がいるとうれしいですね。漆喰は、今、建物を建てるときの選択肢に入っていません。壁紙が99%で、漆喰は1%です。でも、説明する機会をいただければ、ファンになってくださる方が沢山いらっしゃいますので、伸び代は、めちゃくちゃあると思っています。」

仕事をする上で難しいと感じることは?
「漆喰で言えば、消費者である施主さんに対して直接説明する機会が無いことです。説明の機会を頂ければ、漆喰の良さをお伝えできるのですが、その機会は多くありません。また、漆喰セラミックは、非常に革新性のある商品なんですが、私どもは小さな企業ですので、大手さんのように、価値を伝える活動に予算をかけることが出来ません。本当は、ものづくりとプロモーションの両方をやらなければいけないんですが、それが出来ないのが問題だと思っています。」

どんな会社にしたい?
「みんなが気持ちよく働ける会社にしたいと思っています。日本で一番給料のいい会社は無理かもしれませんけど、日本で一番心地よく働ける会社には出来るんじゃないかと思っています。自分たちのものづくりと社内の雰囲気がマッチするような会社を目指そうと思っています。」

読者に伝えたいこととは?
「世界に目を向けることが当たり前になってほしいですね。日本の中だけを見ていると未来が暗く感じてしまうんですけど、世界に目を向ければ勢いのある国は沢山ありますから。就職に関して言えば、地方にも面白い会社がたくさんあると思うので、そういう所きちんと見つけて、自分の未来を決めてほしいと思います。ちなみに、うちは100年企業でもあるんですけど、新しいことに挑戦するベンチャー企業的な要素もあるので、そこに魅力を感じてくれる方を、絶賛募集中です。」

おわりに

伝統と革新。とかく伝統っていうと、過去のやり方を守ることだけに目が向きがちだけど、伝統を守ることは、進歩を拒否することではないと思う。その点、新旧が同居している田川産業さんは、面白いし、行平さんのお話には共感できる部分が多い。現場でお会いした方の中には、若い人もいたし、行平さんに誘われて入社したという人もいたので、ここからどんな発展を遂げるのか、楽しみだ。

写真と文 西澤丞 インタビューは、2024年4月に行いました。