群馬県嬬恋(つまごい)村のキャベツ農家さん

取材協力:干川大地さん、干川武紀さん
取材者:西澤丞

はじめに

あれは10年ほど前だっただろうか。群馬県嬬恋村でキャンプをしていたら、夜中だというのに農業用トラクターが行き交っているシーンに出くわした。キャベツの収穫だと分かり、撮影したい衝動に駆られたものの、誰を取材すべきなのか分からず途方に暮れていた。そんなある時、嬬恋村のキャベツをアピールしたいと考える、若手の農家さんたちの集まりがあるのをネット上で見つけ、ようやく取材にこぎつけた。

ということで、今回の取材は、BRASSICA(ブラッシカ)というグループを作って活動している干川大地さんを中心に取材させてもらった。

キャベツについて

キャベツは、収穫時期ごとに、春キャベツ、夏秋キャベツ、冬キャベツに分けられていて、通年市場に流通している野菜だ。中でも夏秋キャベツの生産量に関しては、群馬県が一位で、二位が長野県となっている。(注1)また、群馬県内では、嬬恋村の生産量が突出している。(注2)

注1:農林水産省の令和6年の統計データより
注2:総務省統計局「政府統計の総合窓口」より

キャベツの品種は、100種類以上あって、嬬恋村で生産している品種は20種類くらい。干川さんが栽培している品種は、10種類くらいだそうだ。品種の使い分けについては、寒さ暑さへの耐性や植える時期、傾斜がある場所では茎に相当する部分が長くならない品種を選ぶなど、色々なことを考えて選んでいる。

キャベツの栽培

キャベツ栽培は、4月から11月上旬までで、作業の時期を少しずつずらしながら行われる。ここからは、作業ごとに内容を見てゆこう。

1、種まき

上の写真で手にしているロール状のものが種だ。種が透明なチューブに入っていて、のっけから想像していた「種まき」とは違っていた!

土壌は酸性になりやすいので、石灰をまいてPHを調整する。
チューブに入った種は、こんなふうにまいてゆく。
種をまき終わったら、夏の強い日差しを避け、虫除けにもなる覆いをかける。

2)苗を収穫する

キャベツは、種をまいた畑でそのまま育てる訳ではなく、苗の状態で一度収穫する。収穫した苗は、冷蔵庫に保管しておき、タイミングを見計らって本格的に植える。最終的な出荷は毎日同じ量にしたいので、苗も毎日同じ量を植える必要があるのだ

苗は手作業で収穫する。一掴みで16本くらい。
苗は、カゴに入れてまとめる。1カゴが1000本くらい。

3)畑を整える

トラクターで畝を作っている様子。この写真は、たまたま通りかかった干川武紀さんの畑で撮影させてもらった。突然の申し出にも快く対応してくださって、ありがたかった。

苗を植える前には、畑にも石灰をまいてPHを調整する。必要であれば肥料をまく。1枚の畑の中でも排水が違ったり、元々の土壌が違ったりするので、それらを把握して細かな調整が必要になる。土の準備ができたら、今度は、苗を植える準備として畝作りをする。

4)苗を植える

苗は、写真のようなエンジン付きの機械に乗って植えてゆく。機械には苗を挟むゴムローラーがついていて、それに苗を差し込むと、後は機械がやってくれる。苗同士の間隔は30センチが基本で、変えたい時は、苗を挟むゴムローラーの回転速度を変えて調整する。間隔を広めにするときは、33センチくらいにするそうなので、かなり精密に植えている。

苗を植え終わった畑。写真が傾いているんじゃないよ。斜面に畑があるんだよ。
苗を植え終わったら、鹿や猪に食べられないように電気柵を設置する。かなりビリビリするらしいけど、それでも侵入してくる奴がいる。

5)消毒

消毒とは、除草剤、殺虫剤、殺菌剤をまくことだ。この日は、除草剤をまいていた。トラックに薬液とポンプがあって、そこからホースを伸ばしてまいて行く。キャベツに直接かからないように注意しながら、根本の部分にまく。

上の写真は水を撒いている様子だが、殺虫剤と殺菌剤も同じように、このトラクターを使ってまく。各トラクターについている装備は、交換可能だ。ただ、付け替えるのは手間なので、ほぼ役割ごとの専用機になっている。

6)草取り

除草剤は、各自で調合して必要な効果が出るようにするんだけど、上手くゆかないと雑草が生えてきてしまう。この畑では、効かなかった草があったので、手作業で抜いていた。雑草が伸びたままだと日当たりが悪くなってしまうし、虫も寄ってくるので、放っておくわけにはゆかない。でも、畑が広いから時間がかかる。

7)収穫

収穫作業は、7月から11月初旬くらいまで行われる。その間、何回か撮影させてもらったのだけど、天気の良い日が一回だけあったので、その時の写真を時系列順に並べて説明しよう。ちなみに、その日の集合時間は、午前2時半だった!

午前2時。車中泊していた車から外に出ると、こんな星空が見えていた。星がたくさん見えすぎて、普段ならすぐに目に入ってくるオリオン座のようなわかりやすい星座が見つけにくい。小さな画面だとわからないかもしれないので、ぜひ、大きな画面でご覧いただきたい。

収穫作業は、干川さんとご両親、アルバイトさんが1人の4人体制。数年前までは、おばあさんが参加していたのだが、引退を機にアルバイトさんに入ってもらうことにしたそうだ。さて、その人数で収穫するキャベツは、1日に4000個!一人当たり1000個!!

なお、干川さんの畑は23枚あって、自宅の近くの比較的標高が低い場所と少し高い場所に分かれている。低い場所にある畑から作業を始め、高い場所、そしてまた低い場所へと作業を進める。標高によって気温が違うので、それを利用して収穫時期が分散するように調整するのだ。ちなみに高い場所にある畑の気温は、僕が撮影に行っていた中で一番暑い日でも31度くらいだった。その頃、高崎市周辺では39度くらいだったので、気温だけを見れば、かなり働きやすい環境だ。

実を切り取る時には、一つずつ裏返して確認する。茎の部分に病気が出ていることがあるからだ。そんな確認をしながらも、作業のスピードは、ものすごく速い。
まずは、実の下の部分を包丁で切る。
収穫したものは、傷や病気をチェックしながら箱に詰めてゆく。2回チェックしてるってことだ。
5時の休憩の様子。この日は寒かった。
ようやく空が明るくなってきた。
段ボール箱に詰めたら、サイズごとに分けてトラクターに積み込む。6個入りと8個入りの段ボール箱が多い。
集荷場に向かうトラクター。後部がフォークリフトのようになっていて、箱が載ったパレットを置いてくることができる。

トラクターに積んだキャベツは、数百メートル先にある集荷場へと集められる。集荷場は村内の至る所にあり、そこに持ってゆくとトラックが来て予冷庫まで運んでくれる。予冷庫からは全国に発送され、一番遠い所では宮崎県まで届けられるそうだ。

キャベツ農家さんの1日

干川さんの1日の行動について紹介しよう。彼のスケジュールは、季節によって全く違う。キャベツの栽培は、4月から11月までなので、その期間は、ものすごく忙しい。一方、それ以外の期間は、ほぼ休み。言い換えると冬の4ヶ月は自由時間だ。なんとも極端。では、仕事がある期間について、詳しく見てみよう。

4月から6月末

この時期は、まだ収穫が始まっていないので、種まきや畑づくりが中心だ。7時から17時まで仕事。午前と午後にそれぞれ15分の休憩、お昼の休憩は1時間。

7月から8月末

収穫が始まり、種まきなども並行して行わなければいけない、一番忙しい時期。月曜と金曜は、収穫が休みなので、7時から17時まで仕事。それ以外の曜日は、収穫があるので午前2時から15時まで仕事。なお、朝早い時は、5時に15分くらい休憩があって、7時に食事休憩が30分くらい。作業が長くなれば、9時にも休憩が15分くらい。お昼には、2時間の休憩がある。

9月から11月初旬

この頃は、種まきなどが無くなっているため、収穫の無い月曜と金曜は、完全に休み。それ以外の収穫のある曜日は、2時から休憩を挟みつつ15時まで仕事。

11月初旬から11月末

畑に残ったキャベツなどをすき込む作業など、畑を整える作業をする。

時間などは絶対的なものじゃないけど、大体こんな感じ。天気による変更は当然あるし、休みでもちょっとした作業を行うこともある。また、これらは、あくまでも干川さんのスケジュールであって、各家庭によって違う。ざっくりとした参考例として受け取ってほしい。

干川さんの個人的な話

干川さんは、キャベツ農家の3代目だ。おじいさんの代にあたる昭和初期までは、ジャガイモを主な作物にしていた。しかし、ジャガイモが不作になったのをきっかけにキャベツに移行し、以来、ずっとキャベツを作り続けている。干川さんは、中学生頃から夏休みでも時間が空くと収穫作業を手伝っていたので、他の職業を選ぶという考えが浮かばなかった。そこで、農業の学校に行って、そのまま家を継いだのだそうだ。職業の選択に悩みがなかったというのは、ちょっと羨ましい。

やりがいとは?

「キャベツの品種や肥料など、色々な組み合わせがあるのですが、それらがうまくいって良いキャベツが出来た時はうれしいですね。どこで何を使ったのか、全部記録しています。」

現場の課題と今後の展望について

「キャベツに付加価値を付けることとキャベツ以外の作物を考えることでしょうか。今、キャベツは、1個100円前後ですが、200円前後になってくれないと利益が出ないんです。農協さん主導で生産計画を立てたりするのですが、それでも思うように値段を維持できないので、将来のことを考えると、この二つはやってゆかないといけないと思っています。幸い、嬬恋村の土壌は恵まれていて、どんな野菜を作っても美味しいものが出来るんです。」

個人的な感想ではあるが、嬬恋村のとうもろこしはめちゃくちゃ美味しい。学生時代に旅行をした時にも思ったが、最近、改めて食べても相変わらず美味しかった。群馬県内には、美味しいとうもろこしがたくさんあるけれど、ここのは、ちょっと別格だ。ぜひ、とうもろこしも作っていただきたい。

「法人化したいという思いもありますが、これに関しては各家庭によって作り方が違ったり、こだわりがありますので、簡単にはゆかないと思っています。法人化することによって機材の調達が楽になったり、休みを取りやすくなったりするメリットがあると思うのですけど。」

後継者問題について

「嬬恋村に限って言えば、後継者不足は、それほど深刻ではありません。20代の人もいますし。新規参入の人もいて、そういう人は、農家にインターンのような形で入って仕事を覚え、そこからのれん分けのような形で入っていただくことが多いですね。アルバイトにしても、求人を出せば、それなりの応募があります。」

おわりに

撮影中、休憩時間にお母さんが入れてくれたコーヒーがめちゃくちゃ美味しかった。「インスタントコーヒーですよ」と言われても、にわかに信じがたい。さわやかな空気と水、目の前に広がる雄大な景色。そんなものが味覚にも作用するのだろう。干川さんは観光農園の話もされていたので、この場所で採れたてのキャベツを食べる体験もしてみたい。

写真と文:西澤丞 インタビューは2025年10月に行いました。