掃海特別訓練 掃海艇「たかしま」と掃海母艦「ぶんご」

取材協力:海上自衛隊 横須賀地方総監部と第2掃海隊
取材者:西澤丞

はじめに

海上幕僚監部に取材を申し込んだところ、希望していた部隊が対応できない状況にあるとのことで、代わりにご提案いただいたのが、この掃海艇の訓練だ。掃海なんていうと、某有名怪獣映画の中で主人公が従事していた仕事を思い出すが、まさに、それの現代版だ。なお、今回の訓練は報道関係者限定で公開されたもの。僕以外には、新聞社の2名とミリタリー雑誌の2名が参加していて、計5名での取材だった。

訓練の概要

さて、肝心の訓練は、「令和7年度機雷戦訓練(伊勢湾)及び掃海特別訓練」という名称。参加艦艇14隻、参加人員は900人ほどで、900人の中には、アメリカ軍も10人ほど含まれる。現地での訓練期間は一週間ほどだが、準備や現地までの移動時間を含めると一ヶ月くらいかかる、かなり大規模な訓練だ。場所は、伊勢湾内の許可を得た区域、5.4×18キロメートルの範囲で行われた。国内でこのような訓練ができる場所は4ヶ所あり、それぞれの場所で年一回ずつ訓練が行われている。漁業関係者をはじめとした周辺の人たちの理解と協力が必要なので、あちこちでできる訓練ではない。

当日のスケジュールは、午前9時ごろに松阪港で掃海艇「たかしま」に乗船し、訓練を見学した後、掃海母艦「ぶんご」に海上で移乗、見学後、再び海上で「たかしま」に戻り、午後4時ごろ帰港という流れになっている。この記事も、そのスケジュールに沿って書いてゆくよ。

手前が掃海艇「たかしま」、奥が同「はつしま」
「たかしま」は、船の外観からでも木製であることが分かる

掃海艇「たかしま」

掃海艇「たかしま」は、ひらしま型の3番艇で、最後の木造掃海艇だ。この後に建造されたものは、FRP製になっている。船体に鋼鉄を使わないのは、磁気に反応する機雷があるためだ。この船は、外板が木製であるだけではなく、構造材もアルミやステンレスが使われ、船内に掲示物を貼る際には、画鋲やマグネットを使用禁止にするほどの徹底ぶりだ。就役は2008年。なお、掃海艇には、女性隊員が乗船していない。船が小さいので、女性専用の部屋を設置するだけの空間がないためだ。

掃海艇「たかしま」の操舵室

港を出てしばらくしてから後ろを振り返ったら、何やらボートが追いかけてくる。松坂港で、もやいロープを解いていた隊員が追いかけてきたのだった。松坂港は民間の港なので、陸上での作業は自分たちで行わなければいけないのだ。

そもそも機雷って何?

機雷は、海底に設置された爆薬で、船が来たことを何かしらのセンサーでキャッチして爆発する、海中にある地雷のようなものだ。安価で敷設するのが簡単であるにも関わらず、破壊力があり、相手に心理的な圧迫を与えられるので、現代でも有効な兵器だ。

機雷の種類

・係維触発機雷 これは、海底の重りからケーブルが伸び、その先に爆雷が設置されているタイプ。船がセンサーに触れると爆発するものが多い。潜水艦映画なんかでよく出てくるやつだ。
・沈底感応機雷 海底に設置されていて、磁気や音に反応するもの
・上昇機雷 海底に設置されていて、磁気や音に反応して上昇するもの
・上昇追尾機雷 海底に設置されていて、磁気や音に反応して上昇するとともに追尾してくるもの

掃海母艦「ぶんご」に置いてあったダミーの機雷。海底に設置するタイプ
音響を発生させる装置
機雷の係留ワイヤを切るためのケーブルを送り出すウインチ

機雷の除去方法

・ソナーで見つけた後に爆破
・機雷の係留ワイヤを切断し、海上に浮かんだところを機銃で爆破
・音響装置や磁気発生装置を使って、船がいるように錯覚させて誘爆させる
・ダイバーが潜って処理する

水中航走式機雷掃討具S-10

ソナーは船にも付いているが、自走式の機雷除去装置「水中航走式機雷掃討具S-10」にも付いているので、それを船に先行させて見つける。人命が第一なので、機械で出来るものは機械で処理する。

水中航走式機雷掃討具S-10についてもう少し詳しく説明しておこう。電源は船からケーブルで供給しているので、パワーがあって海流にも流されない。また、長時間駆動できる。船体下部の両側には、爆薬を搭載できる。先端にはカメラとライトがついており、ワイヤカッターを取り付けることもできる。ただし、最近は、ライトの光に反応する機雷もあるので、自走式機雷処分用弾薬(EMD)に切り替わりつつある。

見学させてもらった訓練の内容

今回の訓練展示では、機雷の係留ワイヤを切断する作業の一部を見せてもらった。本当はフロートを下ろした後、カッターの付いたケーブルを伸ばして機雷の係留ワイヤを切るのだけど、作業に2時間くらいかかるので、今回はフロートを下ろして引き上げる作業の見学だった。ちょっと残念。なお、フロートには、カッターのついたケーブルを左右に広げるための装置と深度を決めるための装置がぶら下がっている。

フロートを下す作業
ケーブルを左右に広げるための装置
船の左側にはオレンジ色の旗をつけたフロートがいる。今回伸ばしたケーブルは、このくらいまで

なお、掃海作業をする場合、掃海艇3隻が一つの単位となって行動することが多いそうだ。先行する船が機雷を見つけ、後続の船が爆破させるみたいな感じだ。また、機雷には音に反応するタイプがあるため、船の推進を、ディーゼルエンジンからモーターに切り替えて行う。

ケーブルに取り付けるカッター
カッターのアップ

カッターが、機雷の係留ワイヤを切断する仕組みについて説明しよう。「く」の字形の真鍮製と思しき金具と白色の本体の間に機雷の係留ワイヤが滑り込む。そのワイヤに向けて火薬で押し出されたクサビが打ち込まれ、ワイヤが切断される。

船首部分に搭載されている20ミリ機関砲

係留ワイヤを切ると機雷が浮上してくるので、それを上の写真の機関砲で撃つ。この機関砲は、航空機用のものを転用したものだけど、発射速度を遅くしてある。発射速度が速いと命中精度がよくないのだ。人力で動かして照準を合わせるからね。

関砲の照準器は、こんな感じ。猛烈にアナログだ

今回の訓練は、基本的に有事に備えたものなんだけど、今でも第二次世界大戦中の機雷が見つかることがある。大戦中にアメリカ軍が爆撃機から投下した機雷は、泥の中に埋まって不発弾になっていることがあるのだ。その不発弾が、海で土木作業などをすると出てくる。もちろん、そんな時は掃海隊の出番だ。

「ぶんご」への移動

さて、そんなこんなを見せてもらっているうちに、掃海母艦「ぶんご」に移動する時間になっていた。掃海艇「たかしま」を「掃海母艦「ぶんご」に横付けして、海の上で乗り移る。「ぶんご」は、錨を下ろしている状態だったが、風や潮流によって、まるで蛇行するかのように左右に動いている。小さな掃海艇は、タイミングを見計らいつつ横付けしなければいけないので、かなり神経を使う作業だ。条件が悪ければ諦めなければいけないこともある。

艇長の長谷部3等海佐が、「両舷停止!」などと指示を出している様子。テキパキした様子が、かっこいい。画面左奥の人は、マイクを使って艇長の指示を各部に伝えている人。
船の間には緩衝材が浮かべられている
移乗する時に使うはしけは、こんな感じでクレーンでセットされる

掃海母艦「ぶんご」とは?

掃海母艦の機能としては、司令部の機能、燃料や食料の補給、機雷敷設機能、航空機支援機能がある。掃海艇には、多くの燃料や食料を積むことができないので、何日もかかる活動や訓練に出る時は、掃海母艦の出番となる。通常の乗組員は、100名強だが、今回の訓練では司令部としての人員が加わっているため、190人ほどが乗り組んでいる。なお、このような訓練がなければ、司令部の機能は陸上にある。それから、掃海母艦は、掃海艇に同行できるように喫水(水に浸かっている部分)が浅くなっているため、天気が悪いとよく揺れるそうだ。ひどい時には30度くらい傾くそうなので、そんな時に乗っていられる自信はない。海が穏やかな日でよかった。

撮影の日は、土曜日であったにも関わらず、「海自カレーを食べてみたいという要望があるかと思って」との計らいにより、金曜日と土曜日のメニューを入れ替えてくださっていた。お心遣いに感謝です。美味しゅうございました。

食事の後は、掃海隊群司令の池内出海将補のインタビューがあった。その中では、「世の中の状況が緊迫してきたからといって、私たちの仕事が変わるということはありません。下された命令を確実に実行することが私たちの仕事であり、いつも平常心でいることを心がけています。」と話をされていたのが、印象的だった。

掃海母艦「ぶんご」の艦橋。かなり広い。広すぎて、指示を出す時は大きめの声にしないといけないそうだ
ダイバーが潜水病になった場合に備えてチャンバーが用意されている
このようなチャンバーは、掃海母艦以外では潜水艦救難艦「ちよだ」及び「ちはや」にしかない。
「ぶんご」の艦尾には、輸送艦のようなゲートがついている
ゲートの両脇には、機雷を敷設する時に使うハッチが左右2個ずつある
航空機(ヘリコプター)を支援する仕事もあるので、格納庫とデッキを往復するエレベーターがある
黒いホースが水を補給するためのもの、青いのが燃料用だ
干してあったウェットスーツは、市販のものと同じ
「ぶんご」の唯一の武装、76mm砲

「ぶんご」の見学が終わって「たかしま」に戻ってきた。船を離す時は、掃海艇の船尾を少し離した後、船首にあるスラスターを使って本格的に離してゆく。相手に不安を抱かせないような離れ方をするように心がけているとのこと。

入港前のミーティング
取材している間、長谷部3等海佐が自席に座っていたのは、この時だけだと思う
周りに別の船がいないので、港の入り口に設置されたブイの真ん中を通る
ボートで先行していた隊員に、もやいロープを固定してもらった

松坂港への入港により、この日の取材は終了した。ただ、訓練は続行されるようで、僕が掃海艇を離れる頃には、出港前のミーティングが始まろうとしていた。取材させていただいたのは、訓練のほんの一部でしかないのだ。

おわりに

僕は、今まで、この国が存続するための重要な仕事として、「資源」「エネルギー」「科学」「産業」などテーマに取材をしてきた。ここ数年「防衛」を取材しているのも、国の存続に関わる仕事だと思っているからだ。ただ、「防衛」に関しては、専門誌が複数あるほど確立した取材ジャンルであり、継続的に取り組んでいる人が多い中で、新参者である私にとっては、かなり不利な状況と言える。ただ、現場の人たちが何を考え、どのような仕事をしているか、もっと知りたいと思うので、引き続き、取材を続けたいと思っている。

写真と文:西澤丞 取材は、2026年2月に行いました。