オーダーメイドの自転車作り。ケルビムの場合。

取材協力:CHERUBIM(ケルビム)/ (有)今野製作所
取材者:西澤丞

はじめに

取材先を探している時に見つけた、自転車を手作りしている会社。しかし、とても気になる印象のウェブサイトを眺めつつも、具体的な仕事内容が分からない。取材をお願いしようかどうしようか数年悩んだ後で、意を決してお願いしてみることにした。取材先に初めてアクセスする時って、いまだに緊張するんだよね。ってことで、今回は、ケルビムさんの工房を見せてもらえることになった。お話は、社長の今野真一さんを中心に、現場の皆さまにも少しずつ伺った。

製造工程について

フレームをデザインしている最中の今野さん。

デザインと設計

ケルビムさんの自転車は、オーダーメイドが基本なので、お客様の体の寸法や乗車時のポジションなどを計測するとこから始まる。お客様の半数は、プロの競輪選手なので、計測や製造での寸法は、コンマ1ミリ単位だ。アマチュアのお客様であっても同様の工程を踏むので、プロと同じクオリティーの自転車を作ってもらえることになる。自転車好きにとっては、たまらない。また、標準モデルとして用意されているものでも、各部の寸法はお客様に合わせてその都度設計されるので、ケルビムさんに作ってもらった自転車は、世界に一台だけの自転車ってことになる。

お店に置いてある測定器具。これを使ってベストな乗車ポジションを探ってゆく。
塗装のカラーサンプル。オーダーメイドなので、好みに合わせた特別な塗装をお願いすることもできる。

部材の加工

ケルビムさんの仕事の中心は、フレーム作りだ。フレームとは、自転車の性能のキモとなる骨格部分のことで、パイプとラグパーツ(パイプとパイプの継手部分)の組み合わせで作る。パイプは、専門メーカーから取り寄せたものを加工し、ラグパーツは自社オリジナルで作ったものをメインに使っている。

工房内に置いてあったパイプたち。

パイプについて

ケルビムさんが扱っているパイプの材質は、スチール、ステンレス、チタンの3種類がメインとなる。その中で、クロムモリブデン鋼(通称:クロモリ)と呼ばれるスチールの扱いが多い。好みの問題ではあるが、スチールパイプで作った自転車は、適度なしなりがあって乗りやすいのだそうだ。パイプの肉厚は、パイプの両端が0.8ミリ、中間部分が0.5ミリのものが多い。そう、パイプは、全体が同じ肉厚ではないのだ。だから、パイプメーカーのリストには、長さはもとより、肉厚になっている位置の違いなど、さまざまな種類のものが並んでいるのだそうだ。

ラグパーツ(フレームの接続部分)をデザインしている様子。

ラグパーツについて

パイプとパイプを繋ぐラグパーツは、自社で製造したものがメインに使われる。ラグパーツの製造工程は複雑だ。まず、今野さんがデザイン画を起こし、それを元に3D CADで図面にする。それを3Dプリンターで出力し、今野さんが納得のいく曲面になるように加工する。さらにそれを3Dスキャナーで取り込み、3D CADで図面にし、最終的にロストワックスを用いた鋳造で形にするという段取りを踏んでいる。アナログとデジタルを何度も行き来する、こんな複雑な工程を踏むのは、「3D CADだけで作ったものって、美しいラインが出ないんですよね。」という今野さんの美意識によるものだ。なお、このラグパーツは、「ヘッドラグ」や「シートラグ」、「フォーククラウン」といったように、用いられる箇所によって個別の呼称があるそうだ。

ラグパーツの在庫置き場。同じ場所に使うものだけでもかなりの種類がある。
パイプの在庫は、写真に写っていない所にも多数あった。

仮溶接(仮組み)

各パーツを専用の治具にセットし、位置がズレないように、ロウ材を用いて設計図通りに仮固定する。もちろん、この仮溶接の段階であっても、精度は0.1ミリ単位。ロウ材については、次の工程で説明するよ。

工房内にあった仮溶接用の治具。取材当日は作業スケジュールの予定に仮溶接をするものがなく、作業の様子を拝見することはできなかった。

本溶接(本付け)

本溶接とは、仮溶接したものに歪みがないことを確認した後、本番として連続的に溶接を行う工程のことだ。なお、仮溶接と本溶接には、クロモリフレームなどの製作において伝統的に使われている、ロウ付けという溶接方法が用いられている。このロウ付けは、パイプ等の母材自体を溶かさず、パイプとラグパーツの隙間に溶かした合金(ロウ材)を流し込んで接合させる工法だ。ロウ材には、一般的に真鍮が用いられることが多いが、ケルビムさんでは銀が使われている。銀は溶融温度が低いので、スチールパイプの材質に影響を与えにくく、歪みも少なく抑えることができるからだ。ロウ材をきちんと行き渡らせるためには、部材を加熱することが重要なんだけど、スチールパイプは熱によって材質の特性が変わってしまうのだ。

ロウ付けをする今野さん。
今野さんが開発した、ロウ付け用の特殊な治具にセットされたフレーム。

本溶接の作業は、今野さんが担当している。ハンドメイドという工法は、職人の技術の差がクオリティーの差として出やすいが、ケルビムさんでは各工程をどのスタッフが行ってもクオリティーに差が出ないよう、細かくデータを取ったり、進め方の工夫をしている。しかし、本溶接は、トーチから噴き出る炎を操ることで、パイプやラグパーツへの熱の影響、ロウ材の流れる方向などをコントロールする必要があり、職人としての経験や技量による差が、品質に直結してしまう工程でもある。そのため、この工程だけは、ケルビムで一番の技術を持つ今野さんが必然的に担当することになっている。実際に作業しているところも見せていただいたが、20分程度で1台のロウ付けが完了していた。「ロウ付けは、派手に見えますが、これをやっている時、仕事の9割は終わっているのです。ここまで持ってくるまでの準備の方が大変。」とのこと。

ロウ付けする前は、写真に写っているように白色のフラックスと呼ばれる材料で仮組みされている。

仕上げ

ロウ付けの終わったフレームは、熱によって微妙に歪んでいる場合があるので、定盤の上で精度を高めてゆく。定盤とは、表面が真っ平になった金属の台のこと。測定の精度を出すためには、定盤がきちんと平らになっている必要があるので、定盤の取り扱いには細心の注意が必要だ。測定の順番としては、まず、ヘッドチューブと呼ばれる、フロントフォークを取り付けるパイプ部分を固定し、それを元にサドルが付くシートチューブの位置を直す。そして後輪が付くリアエンドの位置を直してゆく。これらがズレていると自転車がまっすぐ進んでゆかない。ちなみに、取材時に定盤の上に載っていたのは、フレームの前半分を新たに作り直した修理品だった。こんな修理が出来るのも手作りならではだ。

定盤の上で、測定器具を使いながら正しい寸法になるまで修正する。
ロウ付けした際に出来た、微妙な凹凸を修正している様子。

寸法が正しくなったら、ロウ付けの平滑度を高める作業をし、後は、ひたすら研磨。工房のあちらこちらで、ベルトサンダーがうなりをあげる。めっき仕上げをすることもあるので、そういうものは特に念入りに仕上げないときれいな製品にならない。目で見るだけではなく、手で触ったりして入念に仕上げてゆく。

金属やすりを使った接合部分の仕上げ。
ベルトサンダーを使った接合部分の仕上げ。

塗装

塗装は、5年くらい前から自社で行うようになったそうだ。どんなふうにやっているのか気になるところではあるが、埃の影響を受けやすいとのことで、拝見することは叶わなかった。

こんな塗装にも対応してくれる。一体、何層塗れば、こんな複雑な塗装になるのやら。

組み付け

組み付けとは、出来上がったフレームに、ハンドルやサドル、ホイールやタイヤなどの各種パーツを取り付け、実際に乗れる状態にする作業のこと。普通の自転車屋さんで行っているのと同じ工程だ。ただ、プロの競輪選手の場合は、各選手が自分で行うので、ケルビムさんで組み立てることはない。なお、組み付けを行うことは、お客様と接点を持つことだと考えているという。確かにフレームを納品するだけでは、お客様からお話を伺う機会は、とても少なくなってしまいそうだ。

今野さんに伺ったお話

ここからは、今野さんに伺ったお話をまとめてみよう。

ケルビムさんの特徴とは?

「国内には、自転車フレームを手作りしている会社が30〜40社くらいありますが、多くは伝統的な工法や形を採用した自転車づくりをしています。それに対してケルビムでは、常に新しいことを取り入れるようにしています。ケルビムの目的は、良い自転車をお客様に提供することなのです。手作りで製作していることも、それ自体にこだわっているわけではなく、良い自転車を作るためには、手作りしかなかったということなのです。

また、興味を持ってもらう入り口を作ることが重要だと考えています。その一環として、海外のショーに出展するなどの活動も行っています。また一方で、自転車をつくる専門学校の校長もやっています。ビジネスには直接関係ないのですが、夢を提供したり、次世代を育てたりするのも仕事の一部だと思っています。」

お話に出てきた専門学校とは、渋谷にある「東京サイクルデザイン専門学校」のことだ。社員さんの中には、この学校の卒業生もいたよ。

デザインにもこだわりがあるようですが?

「ケルビムが求めているのは、性能を含めた実用性です。デザインは、後からついてくるものに過ぎません。ただ、性能を上げると必然的にかっこいいものになります。私は、昔の道具やカメラなどが好きなんです。そういったものは、今のCADで設計したものとは違う形になっていて、そこがいいと思います。」

今後の課題や展望について

「今、国内で流通している自転車の9割くらいが中国製です。また、手作りで自転車を提供している会社の存在というのは、あまり認知されていません。ですから、オーダー自転車があることを知っていただいて、それを選択肢に加えていただけるような活動をしなければいけないと思っています。

私は、自転車とは単に移動するための道具ではなく、人間の感性を研ぎ澄ませてくれるものだとも考えています。自転車の文化、性能とデザインが高次元で融合するバランス。そんなケルビムが考えている自転車像を共有してくださるお客様を増やしてゆきたいと考えています。」

おわりに

ケルビムさんの完成品を初めて見た時の印象は「工芸品!?」だった。仕上がりの質が、自分が想像していた自転車とは全く異なるものだった。自転車に限らず、大手メーカーが作っている製品は、特段の不満はないものの、いわゆる工業製品であり、それに愛着が湧くかというと、そうではない場合が多い。それに対してケルビムさんの自転車は、手元に置いておきたい。なんなら手で撫でてしまいたい衝動に駆られる。こういうものの製作に関わるのは、楽しいんだろうなあ。

撮影と文:西澤丞 取材は2026年3月に行いました。