SLぐんまの舞台裏。蒸気機関車C6120の点検整備に密着した!
取材協力:J R東日本高崎支社(群馬県高崎市)
取材者:西澤丞
はじめに
J R東日本高崎支社さんから、SLぐんまとして運行しているC61形蒸気機関車の点検をすると伺ったので、取材させてもらうことにした。
今回行われた検査は、中間検査と呼ばれるもので、走行装置、ボイラー、ボイラ ー付属品、台わく、弁装置、ブレーキ装置、その他の重要な装置の主要部分についての検査を行う。前回の検査から12カ月以内、もしくは、走行距離5万4千キロのどちらかを越える前に行われる。SLぐんまの場合は、年間で50回程度の走行しかしないので、走行距離5万4千キロを越えることはなく、12カ月以内ごとに行われることが多いようだ。
また、整備士の仕事や作業の具体的な内容については、今回の中間検査のリーダーである島田佳典さん(30)に教えてもらった。
先台車の点検
取材の初日に行われていたのは、先台車の点検だ。先台車とは、機関車の前の方に付いている小さな車輪が付いている部分のことだ。「小さな」というのは、動輪に比べてという話なので、それなりの大きさはある。電車の車輪くらいだろうか。
この工場で車輪を外す時には、リフトの備わったピット(穴)に車輪の位置を合わせ、車体の下から車輪をひとつずつ外す。大きな工場(総合車両センター)だとボイラーと主台枠の方を吊り上げることもあるそうだ。
ピストンと主連棒の取り外し
主連棒とは、ピストンの動きを動輪に伝える棒状の部品のこと。C61形では、ピストンの動きが第二動輪に伝えられる。D51形の場合は、第三動輪だ。
まずは、主連棒を取り外す。蒸気機関車の部品は、一つ一つが重いので、ジャッキやクレーンを使いながらの作業となる。
主連棒が外れたらピストンの取り外しに進む。ピストンのカバーが外され、前後の摺動部が見えてきた。圧力がかかる部分には、ものすごい数のボルトが付いている。
ピストンの前後にある摺動部には、巴パッキン(ピストンパッキン)という部品が付いている。組み立てる時には、元の順番通りに組み付ける必要があるので、バラす前に順番や向きがわかるように印をつける。
探傷
探傷とは、部品に亀裂などが生じていないかを検査する作業だ。検査の結果、今回の点検では、どこにも問題が無かった。もし、何かしら問題があれば、その部分を溶接するなどの補修作業が行われる。
先人たちの工夫
さて、探傷作業の合間に周囲を見渡していると、毛糸の束が目に入ってきた。これは、潤滑油を入れておく油壺から、車輪などに給油する量を調整するための毛糸だった。潤滑油は、毛糸の毛細管現象を利用して給油される仕組みになっていたのだ。毛糸の本数を変えると油壺から出てくる潤滑油の量が変わるので、どの毛糸の束が、どこに付いていたものなのか、記録されているというわけだ。
動輪の取り外し
この日、取り外していたのは、第二動輪。ピストンの動きが直接伝わる動輪であるため一番重く、約3.2トンもある。なぜ重いかというと、主連棒を受け止める軸(クランクピン)も太くなっているし、その重量バランスを保つためのカウンターウェイトも他より大きいものが付いているからだ。
軸受の擦り合わせ
さて、ここからは、検査で一番難しく、かつ、時間のかかる軸受のすり合わせ作業が始まる。軸受が、車軸をきちんと受け止めているかどうかを検査し、状態が悪ければ、軸受を削って調整しなければならないのだ。以下に段取りを説明しておく。
軸受には車軸が均等に接していなければいけないし、でこぼこがあってもいけない。削っては確認し、ということを繰り返し、少しずつ問題のない状態にまで持ってゆく。この作業は、慣れている人が状態の良いものを扱う場合でも、一つの軸受に対して2〜3時間かかる。慣れていない人がやると2日くらいかかってしまうこともあるそうだ。すり合わせが必要な軸は、C61形の場合、先台車の2軸と動輪と3軸で、軸受は左右にあるので、全部で10個の軸受を整備しなければならない。摩耗がひどい場合には、ホワイトメタルを剥がして、新たに溶けたホワイトメタルを盛ることもあるそうだ。なお、従台車や炭水車の軸受には、ベアリングが入っているので、このような作業は不要だ。ちなみに、D51形の場合は、すり合わせが必要な軸受が20個もあるそうだ。気が遠くなる。
動輪の取り付け
軸箱は、写真に写っているガイドレールのようなものに挟まれて、所定の位置に固定される。
動輪を所定の位置に載せて、やれやれといったところ。動輪は、万が一にも転がってはいけないのでので、車輪止めもするし、クレーンで上から引っ張って転がるのを防止している。何せ、車三台分くらいの重さですから。
これは、機関車の下にある整備用ピットに入れてもらって撮影した写真。軸受に温度センサーを取り付けている。
これは、三つの動輪をつなぐ連結棒を動輪に取り付けている様子。動輪のクランクピンと連結棒の軸受の位置を合わせるためにバールを使って動輪を回している。バールという道具は、何かを壊すときに使う道具のようなイメージしかなかったが、本来は、こうやって使う道具なのかもしれない。
さて、僕の都合により、撮影できたのは、ここまでだ。撮影できなかった作業の中にも、面白い作業が山盛りだったに違いない。残念。
気になったことを聞いてみた。
写真には写っていないけれど、気になったことがあったので聞いてみた。
・蒸気機関車を長持ちさせるために気をつけていることとは?
「日々の給油が中心になると思います。潤滑という意味もあるんですけど、蒸気機関車は鉄で出来ているので、油が切れると錆びてしまいます。錆びると色々なところに錆が回ってしまって、例えば、動輪の軸に傷が入ったりします。それから、コロナの時期は、運用しない期間があったのですが、運用していない時の方が気を使うこともありました。ボイラーに火を入れたり消したりを繰り返すのは、ボイラーに良くないですし、水を入れっぱなしにしておくのも良くないですから、色々な心配をしていました。」
・初めてのリーダー経験は、どうでしたか?
「工程や人の管理は、今までやったことのないことだったので、大変でした。また、実際に手を動かす以外にも、チェックシートを見ながら、『これ、ちゃんと測ったかな?』とか『規程から外れてないかな?』などをチェックしていました。」
・蒸気機関車に携わる前は、何の仕事をされていましたか?
「今でも、蒸気機関車だけに関わっているわけではありませんが、蒸気機関車に関わる前は、八高線で使用されている気動車をはじめ、電気機関車、ディーゼル機関車などに関わってきました。『あなたは、この車両の担当ですよ』みたいな割り振りではなく、当日の人員によって、その日の仕事が割り振られるんです。ですから、仕事を覚えるのは大変です。今でも大変です。覚え切って完璧なんてことにはならないと思います。ただ、私は、客車の整備や車両を入れ替える時の誘導まで、色々やらせてもらったので、現場の作業は、概ねなんでも出来ます。」
・JR東日本さんで整備士になるには、何を勉強すればいい?
「入社の時に必要な資格って、特に無いんですよ。実際、商業高校を卒業した人もいます。機械や電気を勉強していれば、仕事を覚える時の理解は早いかもしれませんが、必須ではありません。『ここで働きたい』っていう気持ちの方が重要かもしれません。具体的な教育は、入ってからあるので。」
・蒸気機関車を整備する面白さとは?
「部品を、ただ取って付けるだけじゃないので、外して、何がダメなのか考えて。そこから必要があれば、削ったり、新しく作っちゃうってこともあります。自分たちの手で部品が完成して、車両に取り付けられる。そして、それがちゃんと走るところまで携われるっていうのが面白いですね。」
・どんな整備士を目指す?
「現場の技術も必要だと思いますが、現場の作業以外のことも知っておきたいと思います。工程の管理や予算の確保、契約方法などを勉強すれば、現場の見方も変わるんじゃないかと思っています。今よりも広い視野を持って、現場全体を見渡せる整備士になれればいいかなと思います。」
おわりに
蒸気機関車を動かせる状態にしておくって、こんなに大変だったんだ!
全部の工程を見せてもらったわけじゃないけど、全部、手作業。アナログ。AIなんて入り込む余地がない。今の世の中で、蒸気機関車が動いているなんて、ほんと、もう、奇跡!