和紙を漉く人。原料の栽培から加工品の製作までを手がける和紙職人さん。

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撮影協力:尾崎製紙所(おさきせいししょ:高知県吾川郡仁淀川町)
取材者:西澤丞

はじめに

面白い取材先がないものかとネット上を徘徊していた時に、不思議な場所で和紙を作っている人の写真を見つけた。高知県なので僕の住んでいる群馬県からは少々遠い場所のように思えたが、好奇心を抑えきれず、行ってみることにした。

尾崎製紙所へは、高知駅から電車とバスを乗り継いだ後、徒歩で向かった。現地で迎えてくれたのは、4代目の片岡あかりさん(44歳)だ。尾崎製紙所での和紙作りは、あかりさんを中心として、夫の久直さんやお母さんなどが一緒に行っている。

今回の取材では、なるべく多くの工程を記録したかったので、1月と3月にお邪魔させてもらった。季節によって作業内容が違うので、一度の取材では、納得のゆく取材にはならないと思ったからだ。

バス停からは、こんな道を登ってゆく。
道幅は狭く、軽自動車でもすれ違えない場所がある。
尾崎製紙所の販売拠点「Kaji-House」からの眺め。下の方に見える道路から歩いて15分くらい。作業場は、ここからさらに15分くらい先にある。

和紙を作る工程

ここからは、原料の収穫から和紙の完成までを、工程に沿って見てゆこう。

楮の刈り取り

和紙作り-楮の刈り取り

原料となる楮を、鎌やノコギリを使って刈り取る。あかりさんは、鎌でスパスパ切っていたが、そんなに簡単に切れるものじゃない。一度、体験させてもらったが、力まかせにやればいいというものではなく、力を入れるタイミングがあるようだ。どこかで読んだ、侍の極意を思い出した。また、切り方によって来年の育ち具合が違ってくることや台風の影響、夏の草刈りの大変さを聞いているうちに、和紙作りは農業でもあると悟った。

基本的には、鎌で切る。ノコギリの出番は、ほとんどない。
少し下に止めてある軽トラまでは、徒歩で運ぶ。

楮を蒸す

和紙作り-楮蒸し
蒸しが終わって甑(こしき)を持ち上げたところ。ロープと滑車を使って、甑を持ち上げているのは、夫の久直さん。

刈り取って来た楮は、束ねて蒸す。朝5時くらいから初めて、4回行う。1回目は、中の水や釜が温まっていないので、3時間くらい掛け、それ以降は2時間くらい蒸す。炉の周囲には、ほんのり甘い楮の香りが立ち込めていた。

楮の皮を剥ぐ

和紙作り-楮の皮剥き

楮が蒸しあがったら皮を剥ぐ。温かいうちにやらないと剥きにくくなってしまうので、この日は、あかりさん、お母さん、娘さん、おじさん、おばさん、地域おこし協力隊の経験者二人といった体制で作業していた。楮は保温のために毛布で包まれていて、各自が1束分の作業が終わると毛布の中から次の1束を取り出す。そして、みんなの作業が終わる頃、ちょうど次の蒸しが終わるサイクルになっていた。剥き終わった皮は、ある程度の本数で束ねた後、外に干す。そう、和紙は、この皮から作られるのだ。

和紙作り-楮-干す
この日は、天気が悪かったので、軒下に干されていた。

ここまでの作業を1月に取材させてもらった。尾崎製紙所では、自然を活かした仕事のやり方をしているので、季節ごとに作業が決まっている。この時期は、材料を準備する期間だったってわけだ。

へぐり

ここからの作業は、3月に取材させてもらった。

和紙作り-へぐり

先の工程で干した皮は、一晩、水につけた後で黒皮を剥く。へぐりと呼ばれる作業だ。この作業はとても時間が掛かるので、蒸しや皮剥きと同じ日には行わない。もし、同じ日にやろうと思うと、ものすごく沢山の人手が必要になってしまうからだ。この日は、お母さんが一人で黙々と作業をしていた。

へぐりが終わった皮は、もう一度干して、2〜3年間寝かせる。すぐに次の作業に進めてしまうと、材料が無駄になってしまうからだ。これは、後でもう一度、説明する。

煮熟(しゃじゅく)

和紙作り-煮熟

へぐりが終わったら、石灰を混ぜた水につけ、それを煮る。これは、楮の繊維を繋いでいる物質を溶かすために行われる。石灰ではなく苛性ソーダを使うところもあるけれど、尾崎製紙所では石灰を使っている。高知県の伝統的な和紙は、昔から石灰を使って、それが紙を長持ちさせることになっているのだ。

石灰を溶かした水に楮をつけている様子。皮の表面に石灰を付けることが目的だから、長く浸けておく必要はない。
石灰の溶液から引き上げた後、隣の釜に移して1時間半くらい煮る。この時、焚き付けとして、皮を剥いだ後の楮を使う。材料は、無駄にしない。

田ざらし

和紙作り-田ざらし

煮熟の後は、この場所で「田ざらし」が行われる。楮についた石灰を洗い流すとともに、紫外線に当てて漂白するのだ。ザブザブ洗った後、重ならないように並べていって、表側を2日間、ひっくり返して裏側も2日間、日に当てる。なお、この場所は、山からの水が少しずつ流れ込む作りになっていて、水がゆっくりと入れ替わる。

和紙作り-田ざらし-2日目の様子
田ざらしの2日目。少しだけ白くなっていた。

へぐりの後で、2〜3年寝かせる理由は、寝かさずに煮熟、田ざらしへと作業を進めてしまうと、田ざらしの時に繊維が流れ出てしまうからだ。田ざらしを撮影している時に、久直さんが「これは、亡くなったおばあちゃんが束ねたやつだ。」と言っていたので、不思議に思って聞いてみたら、教えてくれた。作業の合間に色々教えてもらった気がしているけど、実は、見えないところに、とんでもない手間暇が掛かっているのかもしれない。

ちりとり

本当は、ここに、「ちりとり」と呼ばれる、黒皮などの細かな異物を除去する作業があるのだが、作業の都合で撮影することは出来なかった。

打解

打解
打解するための機械。木槌が回りながら繊維を叩いてゆく。

田ざらしが終わったら、機械を使って繊維を叩く「打解」が行われ、その後、ナギナタビータと呼ばれるミキサーのような機械を使って、繊維をほぐす作業へと進んでゆく。

ナギナタビータ
ナギナタビータで繊維がほぐされた状態

紙漉き

紙漉き

ここまでの工程を経て、ようやく紙漉きが始まる。準備としては、水を張った「舟」と呼ばれる水槽に、楮のほぐした繊維とトロロアオイという植物の根からとったドロッとした液体を入れる。トロロアオイを入れると、繊維が舟の底に沈まず、水の中で均等になる。このトロロアオイは、暖かくなると効かなくなるので、尾崎製紙所では、寒い時期にしか紙漉きを行わない。また、紙の種類によっては、貝の粉末である胡粉を入れるが、これは、顧客からの要望によるもの。それから、寒い時期に水を使うので、かじかんだ手を温めるためのお湯を準備しておく。

山から引いた水を含め、天然素材を使っているのは、ここで作られる和紙が美術品の修復などに使われることもあるからだ。1000年和紙とも呼ばれていて、耐久性を求められるので、昔ながらのやり方を踏襲している。

ほぐした繊維を入れる。
トロロアオイを入れる。
和紙作り-紙漉きの道具
紙漉きに使う簀(す)。奥が萱簀。手前がひご簀。漉く紙によって使い分ける。今回使っていたのは、萱簀。
簀を使う前には、水につけておく。
簀の素材によっては、使う直前にお湯をかける。
紙漉きの様子

準備が終わったら、後はひたすら漉いてゆく。あかりさんが、1日に漉く紙は、80枚ほど。漉こうと思えば、100枚でも漉けるが、そうすると次の日に疲れが残ってしまうそうだ。また、以前は腰が痛くなることもあったが、最近は、お腹に気を集中させることで、腰が痛くなることは無くなった。その代わり、紙漉きの季節が終わると、腹筋がバキバキに割れているとのこと。

漉いている最中は、簀と枠の重さを軽減させるため、3本の紐で上から吊っている。紐の上部は、水平方向に配置した竹に繋がっていて、竹のしなりを利用しながらリズミカルに漉いてゆく。また、時々漉くのを止めて、繊維がダマになったものやチリを取り除く。昔は、それほどていねいに取り除いていなかったが、顧客からの要望で、出来るだけ取るようになった。ただ、それでも多少残っているのが、素朴な和紙として尾崎製紙所の個性でもあるようだ。

さて、漉いた紙は、簀をひっくり返してどんどん重ねてゆく。紙を重ねてゆく作業は簡単そうに見えるが、うまく重ねてゆかないと紙と紙の間に空気が入り、それが気泡となって紙にシワがついてしまう。職人の仕事は、細かなノウハウの積み重ねで成立しているのだ。

紙を干す

和紙作り-干す
紙を積み重ねたもの(紙床:しと)は、ロープウェー状の装置によって、日当たりの良い場所に運ばれる。
紙床から一枚ずつ紙を剥がす。
板の上に載せた後、藁刷毛を使って密着させる。
和紙作り-干す
乾いたら板ごと回収する。
隅の方からそっと剥がしてゆく。

乾いた和紙を板から剥がしたら、ようやく完成だ。出来上がった和紙には、日付を書き、和紙に詳しくない人に販売する時には、半年くらい寝かせてから使ってもらうように説明している。寝かせることにより繊維が締まり、書道用紙として使う場合、筆運びがスムーズになったり、墨の発色や乾きが良くなるのだ。

販売と加工品

Kaji-Houseの外観
尾崎製紙所の販売拠点「Kaji-House」

尾崎製作所で作られた和紙は、個人に直接販売する場合と問屋さんに下ろす場合の2パターンで流通している。加工品として、納経帳やスケジュール帳の製作も行われているが、いずれも、ネット販売などは行っておらず、まずは「Kaji -House」で現物を確認してから購入してほしいとのこと。ちなみに納経帳とは、四国八十八ヶ所巡り専用の御朱印帳のようなもので、あかりさんが手で製本している。表紙は、6枚重ねした和紙を柿渋で染めている。見た目は分厚いが、驚くほど軽い。スケジュール帳の表紙は、4層だよ。

納経帳とスケジュール帳。
片岡あかりさん

その他、いろいろな質問をしてみた。

・このような斜面で和紙を作っているのは、なぜですか?

「今は、川沿いに道路がありますが、昔は尾根伝いに街道がありました。だから、この地域は山の上の方から栄えて来たんです。また、川は、紙を輸送するのに便利でしたし、斜面は、日当たりが良いので楮の栽培にも向いていました。江戸時代に土佐藩の家老が、楮、桑、漆、茶の4品目を奨励したことから、楮の栽培が盛んになり、そこから製紙業へと発展してゆきました。紙漉きが一番盛んだった明治時代には、この寺村地区にあった135戸のうち70戸で紙漉きが行われていたそうです。ただ、尾崎製紙所は、昭和5年(1930年)創業で、ひいおじいちゃんが始めました。」

山から引いた水

・今、高知県で和紙を漉いているのは、何戸くらい?
「私が知っている範囲では、10戸くらいです。そのうち5戸くらいは、原料の栽培を行っています。」

・和紙を買ってくれるのは、どんな人?
「書道家さんが多いですが、最近は、版画家さんなどのアーティストさんが多くなって来ています。」

・仕事をする上で難しいと感じることは?
「紙の厚さを均一にすることです。一枚一枚の厚さを揃えるのも難しいですが、右側が厚くなったり、手前が厚くなったりしてしまうので、揃えるのが難しいです。」

皮を剥き終えた楮

・やりがいを感じるのは、どんな時?
「自分の作った紙が、アーティストさんの手によって色々なものに化けるのが楽しみです。このKaji-Houseの中にも、たくさんの作品を飾っていますが、仕事が終わってから、それらを見ながらビールを飲む時間が幸せです(笑)それ以外では、納経帳を使ってくださった方からお話を聞くのも好きです。」

・家を継いだ経緯は?
「若い頃は、継ぐつもりはなくて、医療系の専門学校に行っていました。そんな時に母の体調が悪くなったので、手伝うために戻って来ました。母の体調は、その後、すぐに良くなったんですけどね(笑)はじめは、単に手伝っていただけなので、イヤイヤだったのですが、ある時、外国人のお客様に自分の家の仕事を評価してもらったことがあって、その時に、初めて『これは、やらないかん!』って思いました。ただ、母のようには出来ません。20代の頃は、励まされ、落ち込み、励まされ、落ち込みの連続でした。その後、子育てが終わった頃に自分の代を意識するようになって、益々和紙づくりへの思いが強くなりました。」

尾崎製紙所で紙を漉くのは、おばあさん、お母さん、あかりさんと3代続けて女性が担当しているので、紙漉きに関しては、お母さんが師匠だったのだ。

楮の繊維

・課題は?
「最近の悩みは、温暖化と道具の入手です。温暖化で、紙漉きに適した寒い期間が短くなっていますし、道具は、製作してくれる職人さんが減ってきて、簡単に手に入らなくなっています。」

・取り組んでいることは?
「三椏(みつまた)の栽培ですね。三椏を使った紙自体は、作っていたんですけど。良い材料が手に入らなくなって来て、栽培を始めました。三椏はアルカリ性の土が向いているらしく、昔は焼畑の後に植えるとよく育ったみたいなんですが、今は、そんなことできないじゃないですか。だから、苦土石灰なんかを混ぜて土づくりをしていかなくてはいけないのですが…。これがまあ、大変(笑)」

・やってみたいこととは?
「人を育てたいですね。紙漉きの精神を含めて知ってもらいたいです。紙漉きだけでは生き残ってゆけないので、原料作りから加工品の製作まで、全部を教えられる人になりたいと思っています。やりがいだらけのいい仕事なので、次に繋げたいです。」

・次世代に伝えたいことがあれば。
「自分の好きなことを仕事にできればいいんですけど、そうではないこともあるので、自分の出来ることで、人のためになることをしてほしいですね。私も、自分のためには働けませんけど、人のためなら働けるので。」

田ざらし

おわりに

和紙を、もっと簡単に作ろうと思えば、トロロアオイは化学的な材料に置き換えることができるだろうし、田ざらしなんかやめて漂白剤を使ってしまえばいい。乾燥だって機械でやれば、天気なんか気にしなくて済む。でも、それは1000年和紙を標榜し、自然素材にこだわる尾崎製紙所の主義じゃない。

少し前までは、安くて形になっていれば、製造工程なんてどうでもいいって風潮だったのが、最近では製造工程を含めて、社会に対する責任や誠実さを求められるようになってきた。もし、版画家や画家などのアーティストがSDGsを意識しているのであれば、尾崎製紙所の和紙は、ピッタリだ。確かに、練習に使うには高価だと思うけれど、作品のベースに使うなら相当お値打ちだ。物の価値をどこに見出すのか。取材をしながら、そんなことを考えてしまった。

写真と文 西澤丞 インタビューは、2024年3月に行いました。

和紙作りのイメージ写真-楮蒸し
和紙作りのイメージ写真-楮の干し
和紙作りのイメージ写真-紙漉き
和紙作りのイメージ写真
和紙作りのイメージ写真-尾崎製紙所から見た風景