製紙工場でボイラーの運用に関わっている人の話を聞いてきた。
はじめに
この取材は、三菱重工パワーインダストリーさんとのコラボ企画の第二弾だ。三菱重工パワーインダストリーさんは、ボイラーやタービンなどの発電設備を扱っている会社なので、その納入先を取材させていただきつつ、製品がどんなところで使われているのかを紹介する内容だ。
今回は、王子製紙株式会社さんの春日井工場(愛知県)を取材した。木から紙を作る工場であるが、この記事では、ボイラーの話題を中心に進めてゆく。ちょっとマニアックな内容だ。
取材先:王子製紙株式会社 春日井工場(愛知県)
取材協力:三菱重工パワーインダストリー株式会社
取材者:西澤丞
王子製紙株式会社の春日井工場について
まずは、工場の概要を、動力設備担当の田代さんに教えてもらった。田代さんは、この工場のボイラーやタービンを動かす責任者で、インタビュー以外に撮影の案内もしてもらった。
「敷地面積は838、000㎡で、周囲は4キロほどあります。広いので、昔は構内でマラソン大会をやっていました。作っている紙は、印刷物に使われている紙やコピー用紙、包装用紙など多岐にわたっていて、5台の抄紙機(しょうしき:紙を漉く機械)で、1日に2、000トンくらいの紙を生産しています。働いている人は、協力会社の人を含めると1、000人ほどですが、その中で操業に関わっている人は、400人くらいです。その400人は、4チームに分かれていて、4直3交代で働いています。4直3交代とは、昼の人、夕方の人、夜の人の3組が働いていて、もう1組が休みになっている働き方です。」
田代さんが担当されている仕事とは?
「動力設備の運用と保守整備です。動力設備っていうのは、ボイラーとタービン、それに純水設備です。純水設備というのは、水をきれいにする装置です。水道水だとヤカンのフチなんかに白いものがつきますよね。ああいったものが付かないようにしなきゃいけないんです。」
製紙工場におけるボイラーの役割とは?
「電気と蒸気の供給、それから製紙の工程で使われる薬品の回収と再利用です。」
木材は繊維成分のセルロースとセルロースを結合する接着剤の役割のリグニンから構成されている。紙を作る工程では、木材を細かく砕いた後、接着剤であるリグニンを薬品で煮溶かし、結合が解かれてバラバラになったセルロース(紙の原料であるパルプ)にし、それを抄いて紙にする。木材を煮溶かした時に出る、セルロース以外の成分(リグニン、薬品、水分)は、黒液と呼ばれていて、見た目は、文字通り黒い液体だ。この黒液は、当初、水分を多く含んでいるが、水分を蒸発させて濃度を75〜77%にすれば燃料になる。木材が再生可能な資源であると同様に、黒液も再生可能なエネルギーだと位置付けられているので、製紙工場で使わない手はない。また、面白いことに、黒液に含まれている薬品は、リグニンを燃やすことで、ボイラーで回収され、木材を溶かす時の薬品として再利用される。製紙工場とは、なんとも不思議な循環をしている、よく考えられた工場であり、その循環の要となっているのがボイラーなのだ。
それぞれのボイラーについて
今回、撮影させてもらったのは、黒液を燃料にする1号回収ボイラーとRPFやタイヤ、木材チップ(建築廃材)を燃料にする2号ボイラーなので、それぞれについて教えてもらった。
1号回収ボイラー(燃料は、黒液)
黒液に水分が残っていても燃えるの?
「勝手に火がつくような物質ではありませんが、適切な温度がある状態で噴霧すれば燃えます。黒液は、製紙の工程でエバポレーターという設備を使って水分を蒸発させて、濃度を調整してもらいます。この春日井工場では、ボイラーを運転している方では、濃度の調整ができないので、送られてきたものを監視しながら燃やしています。」
1号ボイラーの出力は?
「普通は、時間あたり365トンくらいで、マックスは時間あたり410トンです。昼間は、自家発電した方が安いんですが、夜は電力会社から買った方が安いので、夜間はボイラーの出力を下げて黒液を貯めるような運転をしています。」
ここで出てくる「トン」とは、蒸気の重さを表している。365トンであれば、一時間に365トン分の蒸気を出す能力があるってことだ。約500度まで過熱した蒸気なので、体積にしたらすごい量になる。なお、この工場の自家発電比率は、昼間8割、夜7〜6割だとのこと。また、フルで発電すると120メガワットだそうなので、火力発電所並みの発電量ってことだ。
2号ボイラー(循環流動層ボイラー、燃料はRPFやタイヤ、木材チップ)
RPFって何?
「RPFは、古紙と廃プラスチックを混ぜた燃料です。廃プラスチックは、ビニール袋や成形品の端切れなどです。なるべく同じような品質になるように納入してもらっています。」
燃やす燃料の比率は、どうなってるんだろう?
「今日ですと、熱量比でタイヤが30%、RPFが35%、木材が35%です。」
循環流動層ボイラーに関する簡単な説明
循環流動層ボイラーとは、炉の中に熱くなった砂が循環していて、その砂が燃料に火をつける仕組みになっている。また、炉の下部には、砂と共に異物を回収する装置が付いていて、異物を取り除いた砂は、再度、炉の中に投入される。
その他のボイラーについて
今回、あまり撮影しなかったけれど、この工場には、他にもボイラーがある。ちょっとだけ紹介しておこう。
・6号ボイラー(60t/h)
メンテナンス中だったボイラー。蒸気発生能力は、一時間に60トン。燃料は、2号ボイラーと同じ。ただし炉の形式はストーカー炉。ストーカー炉は、ゴミ焼却場などで使われていることが多い形式で、コンベアの上に燃料が乗せられ、移動する過程で燃焼が進んでゆく方式だ。
・7号ボイラー(70t/h)
これは、工場内での発電量(蒸気発生量)を調整するために使われている。燃料は、重油だ。
・8号ボイラー
休止中。
ボイラーの保守点検について
ボイラーの点検とは?
「検査は、炉を止めて中に足場を組み、炉の内側に張り巡らされているパイプ(水が通っているもの)を1本ずつ点検してゆきます。ボイラーが大きいので点検に時間が掛かりますし、目視点検の際には経験が必要になってきます。気になる部分を見つけた時には、肉厚や割れなどの詳細な検査に進みます。定点でチェックしている所もありますが、それ以外にも問題がないか検査します。」
点検に必要な経験って、どれくらい?
「人によりますけど、私の場合は10年くらいですかね。燃焼用の空気が入る所など温度変化の厳しい場所は決まっていますので、そういう所を中心に見ていって、壁のように特に何もないような所は、ざっと見てゆきます。見るべきポイントっていうのは、ある程度絞られているんです。」
普段の運転中は、どんな所を見ているの?
「蒸気が漏れていないかとか、変な音がしないかとか、五感を使った点検ですね。もちろん現場に設置してある圧力計や温度計などもチェックします。あとは、コントロールセンターで各種圧力や流量などを見ています。」
田代さんに個人的なことを聞いてみた。
なぜ今の仕事に?
「父親が王子製紙の別の工場で働いていたので、会社の存在を知っていたっていうのと、地元にも工場があるので、そのうち帰れるんじゃないかと思っていました。その工場に配属されたことは、まだ、ないですけど(笑)大学の勉強は、機械科だったので、エンジニアリングの部門で採用してもらって、配属されたのがボイラーを担当する部署でした。その後、資格を取るために勉強をしていたら段々ボイラーが好きになってきました。」
田代さんは、ずっとボイラーに関わってきたけれど、勤務地としては、本社や海外などを経験した後に、今の春日井工場に異動になったそうだ。
やりがいとは?
「点検するのが好きなんで、点検中は仮設足場に登って、長時間ボイラーの中にいます。やりがいというか、好きでやってる感じですね。」
今、取り組んでいることとは?
「ここに来るまでは、技術的なことだけを考えていればよかったんですが、課長っていう立場になったので、組織運営について考えなければいけなくなりました。それが大変です。突発的なトラブルが起きるとバタバタしてしまって、みんなのモチベーションも下がってしまいますから、トラブルを未然に防ぐような仕事のやり方に変えています。それに老朽化してきた設備の更新にも力を入れています。」
やってみたいこととは?
「最新の設備に更新すれば、効率化や省力化も出来ますし、今より環境に良いものに出来るのですが、なにぶんお金の掛かる話ですので、どうやって進めればいいのか思案しているところです。僕らも考えているんですけど、僕らでは考えきれないところがあるので、その辺りは三菱重工パワーインダストリーさんにも提案していただきたいと思っています。」
おわりに
三菱重工パワーインダストリー社製のボイラーやタービンを訪ねる旅の2回目。そこで、気づいたことがある。ひょっとして、ボイラーの技術者っていうのは、食いっぱぐれない?ボイラーは、工場にもあるし、発電所やゴミ焼却場にもある。小さなものなら、ビルにだってある。それに仕事は、デスクワークだけでなく、現場に出向き、手を動かす仕事もあるので、簡単にAIで置き換わることもなさそうだ。世の中に必要とされていて、AIに置き換わらない。ボイラーの技術者は、今、狙い目なのか?!
撮影と文 西澤丞 インタビューは、2024年3月に行いました。