鋭い幾何学図案×一発勝負のロウ吹き。 柔らかなしぶきと緊張感が生む、進化する「ろうけつ染め」

取材協力:大村工房
取材者:高坂浩司
はじめに
皆さんは「ろうけつ染め」という言葉を聞いたことがありますか? これは、溶かした蝋(ロウ)を布に塗って染料をはじく、昔ながらの染色技法のことです。 蝋を塗った部分は染料が染み込まないため、最後に蝋を洗い落とすと、描いた模様がくっきりと美しく浮かび上がります。 蝋がひび割れることで偶然生まれる独特の模様など、機械では出せない温かみと奥深さがギュッと詰まっています。
今回は、京都で手描友禅染職人を営む大村工房 代表の大村 幸太郎さんの工房にお邪魔し 作業の撮影と、大村さんの思いをお聞きしました。

アトリエを満たす、静かな熱気と緊張感
金閣寺の近くにある、大村さんの工房の扉を開けると、そこには日常とは異なる空気が流れていました。 静寂に包まれた空間で、使い込まれた道具たちが静かに次の出番を待っています。効率的に整えられた作業環境の中に、 職人の手の温もりと作家としての感性が溶け合っていました。合理的な道具の配置と、一歩も引けない手仕事の緊張感。その二つが当たり前のように同居する景色に、 この場所が持つ静かな熱気を感じます。

着物作りの基本的な流れ
着物の染色は、専門の職人たちがバトンを繋ぐ完全な分業制で成り立っていま す。大きく分けて以下のような3つのステップで進められます。
1、 草稿づくり(下絵)
デザイン図案を、原寸サイズの草稿に。和服のパーツごとに分けて描いていきます。そのあと、13メートルの生地をぐるぐると回る機械にセットし、下から原寸大の「草稿」を当て、チューブに入ったゴムペーストで生地に直接アウトラインを引いていきます。

2 、ろうけつとマスキング(防染)
生地を染める際には、色が混ざらないように温かいロウを使ってマスキングをします。描かれたろうの部分は染料が染み込まず、染色後にろうを落とすと、その部分は染色前の生地そのままを残し美しく浮かび上がります。また、ロウだけでなく 専用のシールを使ったマスキングも行います。これは昔の「伊勢型紙」などの技法の近代版のようなもので、おそらく50年ほど前から ある技法です。シールを貼って、熱で溶けるカッター(メスのようなもの)で切り抜いていきます。

筆でベタ塗りするだけでなく、ハケを振ってロウのしぶきを飛ばしたり(スパッタリング)、スプレーを使ってロウを飛び散らせる技法(ロウ吹雪)も使います。シールを貼った部分はロウが乗らないので、質感が変わり、もわっとした独特の雰囲気やグラデーションが生まれま す。


3 ,引き染めと水洗い
ハケを使って、13メートルの生地を一気に染め上げます。その後、加工工場で京都の地下水を使い、水の流れを知り尽くした 職人さんが丁寧に水洗いを行います。昔は川で「友禅流し」をしていましたが、今は人工的な川を作ってそこで洗い流しています。 この水洗いはものすごいテクニックが必要で、素人がやると生地が重なって色が滲み、シミになってしまいます。 水の流れを知り尽くし、石の置き方などを熟知した職人さんでないとできません。 京都は地下にきれいな水脈があり、それをポンプで汲み上げて使っています。 水道水ではコストがかかりすぎて工場が運営できません。 京都でしかこの産業が発達しなかったのは、この地下水のおかげだと言っても過言ではありません。


「ロウ吹き」に向かう大村さんの、真っ直ぐな眼差しが印象的でした。新聞紙を相手に3年ほど練習してようやく習得したという技術。 一歩間違えればすべてが台無しになるプレッシャーの中、その瞬間の張り詰めた空気を逃さぬよう息を止めてレンズを向けました。 作業が一段落したところで、直接お話を伺いました。

作家と職人。二つの顔で生み出す「自分の色」
お仕事の二つの軸と、デザインのインスピレーションについて教えてください。
「私の仕事には、着物メーカーさんに商品を納める『生業』としての軸と、伝統工芸のコンペに出品する『作家』としての軸があります。デ ザインのインスピレーションは外に出かけることで生まれますね。北野天満宮の石畳に咲く金糸梅を見てスケッチし、 アイデアを寝かせた後にA4サイズに縮小して着物の図案に落とし込んだりします。私のデザインは定規を使った幾何学的な直線が 特徴ですが、これは子供の頃に漫画のコマ割りを描いていた延長線上にあるんです。」

色作りにも独自のこだわりがあるそうですね。
「ロウを被せると下の色が見えなくなるので、最終的な仕上がりをすべて逆算して色を重ねていきます。 私は染料の濃さに『1、2、3』ではなく、自分で名前を付けているんです 。一番薄い色を『ライト』、濃い色を『キング』や『ジェネラル』と呼んだり。自分の中でキャラクターを作って物語を描くように作業するの が、私のアイデンティティになっています。」

作品づくりと商品づくりでは、どのような違いがあるのでしょうか。
「コンペに出す一点モノの『作品』は、帯で隠れる部分にもあえて模様を描き込み、ひとつのキャンバスとして自分の表現を 思い切りやり切ります。一方で、メーカーさん向けの「商品」を作る時は、着やすさを重視して模様を大幅に引き算(抜く)します。 作品(フラッグシップ)で自分の気持ちを出し切っているからこそ、そこから色々なアイデアを小分けにして 商品を生み出すことができるんです。職人としての『言われたものを早く正確に作る』スタンスと、作家としての『自分の解釈で作る』スタンスの両輪があるからこそ、バランスが保てているのだと思います。」

13メートルの布に挑む。受け継がれる京都のバトン
ご自身だけでなく、多くの職人さんが関わっているのですね。
「はい。私は基本的に一人で作業していますが、着物作りは完全な分業制です。特に水洗いは素人がやると 色が滲んでシミになるため、熟練の職人さんでないとできません。それぞれの職人がプレッシャーを抱えながら、 気持ちを込めてバトンを繋いでいるんです。相手をよく吟味して、京都の人間関係や自分が大切にしているものを 壊さないように気をつけています。技法的に無理なものや、条件が合わないものはしっかりとお断りしています。」

「世の中はリニアモーターカーのようにスピードが求められ、着物を着るという時間のかかる行為は時代に逆行しているかもしれません。ですが、『何時間もかけて寝台特急に乗る』ことや、『わざわざ並んで和菓子を買いに行く』のと 同じように、着物を着るということは『あなたに会うために、これだけの時間をかけて着物を着てきました』 という気持ちを伝えるための、素晴らしいコミュニケーションツールだと思っています。 100年以上の歴史やヒューマンタッチは、お金だけで買えるものではありません。」
最後に、大村さんが今後やりたいことを教えてください。
「東日本大震災の後、震災ボランティアに行った時に、仮設住宅の風景を見て 『もっと周囲に馴染むデザインであれば、住む人の気持ちも変わるのではないか』と、デザインの持つ力を痛感しました。 私が作るもの、少し法則をずらしたデザインなどが、 誰かとの話し合いのきっかけになったり、少しでも世の中や生活を面白く変えることに繋がってくれたらいいなと思いながら、 日々制作を続けていきたいですね。」

おわりに
撮影当日、多忙な合間を縫っての短い取材でしたが、その時間だけでも大村さんの仕事への矜持、確かな職人技術、 そして朴訥とした語り口から溢れる京友禅への深い愛情がひしひしと伝わってきました。
伝統を守り抜きながらも、現代の感覚を取り入れたモダンな意匠で、時代に寄り添う作品を生み出し続けるその姿勢は 、まさに「型破り」という言葉が相応しいものです。伝統工芸の未来を切り拓く大村さんの挑戦、 これからも追い続けていきたいと思います。





写真と文:高坂浩司 取材は、2026年6月に行いました。
高坂 浩司(Koji Takasaka)プロフィール

丁寧なヒアリングと提案で撮影の解像度を高め、いかなる状況下でも常にプロとしての最適解を導き出し、被写体の未知の魅力を引き出します。現在は働く人や採用関係、企業ブランディングの撮影をメインに活躍中。株式会社レンズアソシエイツ所属、名古屋造形大学 非常勤講師、公益社団法人 日本写真家協会会員
株式会社レンズアソシエイツ 写真・映像部門「SUPER STLONG SHOOTING」

