高崎だるまを作っている工房で、製作の様子を見せてもらった。

高崎だるまを作る様子

群馬県高崎市鼻高町 吉田だるま店

だるま職人さんの手元を撮影した写真

自分が住んでいる群馬県高崎市には、だるまを作っている工房が数多くあり、以前から気になっていたので、製作現場を取材させてもらった。

高崎市でのだるま作りは、200年以上前、農家の冬の副業として始められ、現在、群馬県達磨製造協同組合に参加している工房は、50軒以上になっている。その中で、今回お邪魔したのは、高崎駅から車で15分ほどの場所にある吉田だるま店さん。通り沿いに出ている看板を目印に敷地内に入ると、いわゆる工場のような建物ではなく、普通の農家のような佇まいをした建物が現れ、だるま作りの成り立ちに納得する。早速、社長の吉田さんに取材のお願いをすると、「2、3日したら金色のだるまの色つけをするから、それを撮影したら?」とのこと。だるまと言えば、赤色が定番だが、最近では、金色のだるまもよく売れるそうだ。

だるまに重りを取り付けたところ。
だるまに下地塗りをするだるま職人
下地塗り。貝を原料にした胡粉(ごふん)と呼ばれる素材を塗る。
だるまの表面を整えるだるま職人
下地の整形。胡粉を塗って乾燥させた後、表面を整えるためにヤスリで削ってゆく。

だるまの製作工程は、以下のようになっている。

1、生地づくり
   溶かした紙を、だるまの形に成形する工程。吉田だるま店さんでは、この工程を外部の会社にお願いしている。
2、重りの取り付け
   だるまの底部に重りを取り付ける。新人さんが、最初に担当することが多い工程だ。
3、下地塗り
   胡粉(ごふん)を塗る作業。どの色を塗る時も、この白色がベースとなる。塗った後は、乾燥。
4、下地の整形
   胡粉が乾燥したのち、表面の凹凸をヤスリで整える。
5、全体塗り(色入れ)
   だるまの基本となる色を、全体に塗る。まず、下半分を塗り、乾燥させ、その後、上半分を塗り、また乾燥させる。
6、顔の下地塗り
   わずかにピンクが入った白色を、顔のベースとして塗る。そして、乾燥。
7、絵付け
   鼻や口、目の輪郭を描き込む。乾燥。眉毛(鶴)とヒゲ(亀)を描き込む。乾燥。「安全祈願」などの文字やお腹の模様を描き込む(金描き)。
   文字は白色で縁取りをすることもあり、その場合は、乾燥を挟んで、もうひとつ工程が増える。

作業中、塗っては乾かしを繰り返すため、晴天の日が多いとされる高崎市は、だるま作りに向いているという。さて、今回の取材では、前半の工程を吉澤さんに、後半の工程を山口さんに、それぞれお話を伺った。

高崎だるまの塗装作業をする職人さん
上工程のお話をうかがった吉澤さんが、全体塗りをしている様子。金色は、既成の塗料をそのまま使うのではなく、顔料に透明な塗料を混ぜて作ったものを使っている。

吉澤秀行さん(62)は、入社6年目。前の会社を退職した後に、吉田だるま店さんで働き始めた。以前は、保険会社で企画の仕事をしていたので、ものづくりとは全く関係なかったが、何かを作るのが好きで、自分のやったことがわかる仕事をしたいと思って仕事を探している時に、ネットで求人をしていたこの会社を見つけたそうだ。今の仕事は、以前の仕事のようなストレスもない上、趣味の模型作りの経験が今の仕事に活かせるし、仕事で得た経験が趣味にも活かせるので、とても楽しいそうだ。

「社長には、『もう来るなって言われるまで働かせてもらいます。』って言ってあります。」

と笑う。担当している仕事は、上記の工程の2)下地塗り、4)下地の整形、5)全体塗り(色入れ)だ。

だるま職人さんが、塗料の調合を確認している様子
塗料の調合は、実際に塗装しただるまを、太陽の下に持って行って確認する。蛍光灯などでは、正しい色に見えないのだ。
だるまの塗装作業
小さなだるまは、串で固定され、塗る時以外はワラで出来た台にまとめられている。台は、中央の棒をつかんで移動させる。

「塗る時には、色によってムラや気泡が出るし、天気によっても違うので、今日は、色がちゃんと入るかなとか、ちょっと良くないから二回入れようとか。今日は、湿気が多いから黒がちゃんと入るかなとか、考えます。」

厚塗りをしてしまうと乾燥時にひび割れを起こすこともあり、気をつけなければいけないことは多い。いまだに、こうすればこうなるという方程式は見いだせず、手間がかかって難しい部分もあるが、それが面白味にもなっているという。

だるまにヒゲを描き込む職人さん
下工程のお話をうかがった山口さん。ヒゲを描くのは繊細な作業なので、筆を下ろす時に息を止めているかと思いきや、そんなこともなく平常心でやっているとのこと。

次は、6)顔の下地塗り、以降の工程を主に担当している山口英之さん(38)にお話を伺ってみよう。入社10年目の山口さんは、新潟でシステムエンジニアをしていただが、地元に戻る時に、この仕事に就いた。山口さんの地元は吉田だるま店の近くで、同級生にだるま工房の子がいるような環境だったため、だるま作りは身近な仕事だった。また、地元に戻ってから参加した地域の集まりに吉田社長がいて、「手伝ってみる?」と声を掛けられたこともあって、就職することを決めた。就職してすぐは、下地の工程を担当していたが、今は、仕上げを中心に行っている。ただ、役割は固定されているわけではなく、仕事の量や内容、その時の人員によって変わるそうだ。ひとつの工程を一人の人が専門でやっていると、その人が休んだ時に作業全体が止まってしまうし、休もうと思っても気軽に休むことが出来なくなってしまうからだ。

「最低でも、ひとつの工程を二人が出来るようにしています。それぞれの工程でコツや注意しなければいけない点はありますが、ヒゲ描きや金描きは、難易度が高いですね。」

だるまの塗装に使う道具
作業場の隅に並んでいた筆たち。だるまには、様々な色があり、特注にも対応しているので、いろいろな筆が用意されている。
吉田だるま店の社長の吉田さん
社長の吉田さん。社長として忙しそうにされていたが、22歳の時からだるまを作っている職人さんでもあった。

ちなみに仕上げの工程を統括しているのは、この道30年以上の吉田社長。実際に、吉田社長の作業も見せていただいたが、山口さんの几帳面な筆運びに比べ、吉田社長の筆運びは、大胆な感じがした。慣れてくると、だるまを見れば、どこの工房の誰が作ったものかわかるぐらいに見分けられるそうだが、私には難しそうだ。

だるま職人さんの仕事風景
顔の部分に白い塗料を塗る山口さん。塗料は、若干ピンクになっていて、血色が良い感じに仕上がる。

山口さんの仕事を見ていて驚いたのは、白色をムラなく塗っていたことだ。普通、隠蔽力の弱い白色は、1回塗っただけでは下地が透けてしまうため、何回も塗らなければいけない。そこを、山口さんは、1回塗りできれいに仕上げていたのだ。

「濃度とか、力の加減ですかね。筆の乗せ具合というか。あんまり強くやっちゃうと、せっかく乗せた塗料が取れちゃうんで、出来るだけ筆の柔らかさに任せて、あまり力を入れず、そっと置いてくような。」

塗料を塗るのではなく、置いてゆくという表現が、とても新鮮に響いた。この言葉からも推測出来るように、きちんとしたものを作るためには、経験や勘が必要な仕事だ。しかし、それらは、先輩や周囲の人に相談しながら覚えることが出来るそうなので、これから仕事をしてみようと思っている人にとっては、ちょっと安心だ。ちなみにどんな人が向いているかうかがったところ、まず、コツコツ仕事をするのが好きな人をあげてくれたが、外部と接することもあるので、社交的な人でも活躍の場は、あるかもしれないとのこと。

墨汁を使ってだるまに髭を描く職人さん
だるまの眉毛は鶴を、ヒゲは亀を表現している。また、眉毛とヒゲは、塗料ではなく墨汁を使って描かれている。

と、ここまでお話を伺って来たら、山口さんの前職がシステムエンジニアだったことを思い出し、現在の仕事とのギャップがどうだったのか気になった。

「すごいデジタルから、すごいアナログなんですけど(笑)前職は、結構な人数で仕事をやってゆくので、一部を担当していても、それが最終的にどうなるかっていうのは、見えてこなかったんです。それに比べ、今の仕事はお客さんに接することもありますし、自分がやりたいようになんでもできますから、面白さを感じています。それに、商品の質が作業者に委ねられているので、工夫しながらいいものにしてゆくことにやりがいを感じています。今後は、今の若い人にも親しんでもらいたいという思いがあるので、若い人にも興味を持ってもらえるような商品にも力を入れてゆきたいと思っています。」

なお、吉田だるま店さんでは、繁忙期(年末年始)でなければ、工房の見学にも対応してくれるそうだ。仕事をしている場所なので、見学の目的や人数、時間などに制限があると思うが、だるま作りに興味があるのであれば、見せていただくのもアリだろう。

乾燥中のだるま
小さなだるまが、串に刺されて作業場の脇に並んでいた。高崎市内で、このような光景を見かけることは、珍しいことではない。

だるま作りは、職人の仕事なので、覚えるまでにはそれなりの苦労もあると思うが、自分と向き合いながら楽しく仕事をしている姿を見ると、ギスギスした今の世の中とは、別の世界にいるように感じた。ここは、縁起物を作るのに、ぴったりな場所だ。

だるまの製作に使う道具

写真と文 西澤丞  取材は、2021年1月に行いました。