「簡単にできたら、やる価値ないよね。」炭焼き職人の仕事とは?

炭焼き職人という単語のイメージから、どことなく浮世離れした人を想像してしまうのは、おそらく私だけではないはずだ。しかし、実際に炭焼きをしている現場を見たわけでもないし、炭焼きに携わっている人に会ったことがあるわけでもないので好奇心が抑えきれず、現場に行ってみることにした。

雪に覆われた炭焼き窯の外観

群馬県利根郡片品村 尾瀬須藤林産

場所は、群馬県の北部にある片品村。上信越自動車道の沼田インターチェンジを降りて、幹線道路である国道120号線を栃木県日光方面に向かうと、県境の手間にある村だ。炭焼き窯のある場所は、村とは言っても住宅が並んでいるので、広い山の中にポツンとあるというイメージではない。

初めて行く取材先では、いつも緊張しながら声をかけるのだが、今回取材をお願いした須藤賢一さん(62)は、とても明るい感じの人だったので、一安心。早速、お話をうかがってみた。

材木に付いた雪を払う炭焼き職人
材木に付いた雪を払う須藤さん。

作っている炭の用途

須藤さんは、主に楢の木を材料として炭を作っている。楢の木の炭は、旅館や料理店などで燃料として使われたり、演出として囲炉裏などで使われることが多く、それ以外では部屋の調湿剤や土壌改良材にも使われることがある。また、アクセサリーの材料など、お客さんの用途に応じて材料を変えることもある。なお、炭には白炭と黒炭があって、須藤さんが作っているのは、黒炭だ。白炭は、焼鳥屋などで長時間燃焼するのに向いているが、火がつきにくい。

精錬中の炭焼き窯の内部
精錬中の炭焼き窯の内部。写真に写っているのは、犠牲木が燃えている様子。

炭焼きの工程

ここからしばらくは、炭焼きの工程を写真とともにご覧いただこう。

材木の準備

まず、林業の業者さんに運んできてもらった材料(材木)を、チェーンソーで必要な長さに切る。その後、太さを調整する必要があれば、特別な機械を使って割ってゆく。本格的なチェーンソーは、パワーがあるもののメンテナンスが大変なので、使いやすさを重視し、入門用(家庭用?)のものを使っているとのこと。木を割る機械は、エンジン駆動だったものを、モーターで駆動するように改造して使っている。

炭焼きの材料となる木を割る機械の刃の部分
木を割る機械の刃の部分。
チェーンソーで木を切る様子。手に持っている棒は、木の長さを測るためのもの。
木を割る機械は、油圧で木を刃物に押しつける仕組みだ。

窯詰め

窯の中に材料を並べる。材料の下には、火の通りをよくするために「敷き木(しきぎ)」を並べ、窯の入り口付近には「犠牲木(ぎせいぼく)」を置く。窯の入り口近くに材料を置いてしまうと燃え尽きてしまって、製品となる炭の量が減ってしまうからだ。なお、材料の木は、上が太くなるように並べる。材料が上から焼けてゆくからだ。

炭焼き釜の内部
窯の中は、こんな感じになっていて、外から想像していたよりも広かった。
炭焼き窯の中に材木を運び込む炭焼き職人
窯の中に敷き木を運び込む須藤さんを窯の中から撮影。
炭焼き窯の中で材木を並べる炭焼き職人
敷き木を並べた上に、材料となる楢の木を並べてゆく。
材料となる楢の木の搬入が終わった状態
材料となる楢の木の搬入が終わった状態。
炭焼き釜の入り口を塞ぐ炭焼き職人
入り口付近まで犠牲木を並べたら入り口(搬入口)を塞ぐ。

口焚き

窯の入り口付近で薪を焚き、窯の中の温度を上げ、材料に着火するのを待つ。材木が乾いて着火するまでには、24時間から30時間くらいかかる。材料に着火したら、空気の流入量を減らすために、窯の口と煙突の開口部を狭くする。

「口焚きが、簡単なようで難しい。口焚きをどこでやめるか。中は見えないんで、出てくる煙の温度や色、匂いで判断する。スムーズにゆくといい炭になるんだけど、ちょっとまごつくと炭が荒れる。ヒビが入ったりとか、収量が減ったりとか。選別するから製品には影響しないんだけど、2級品が増えちゃったりするから。焼けがいい時には、1級品が増えて、焼けが悪い時には、それが少ないって感じかな。」

炭焼き窯の入り口で薪を燃やしている様子
須藤さんの窯は、入り口の下に薪を燃やす場所があって、そこから窯の中を熱する仕組みになっている。

炭化

酸素が少ない状態で材料に着火すると、炭素が燃えずに他の物質だけが燃えるため、炭になる。この工程は、5〜6日くらい掛かり、青い煙が出た後、煙が出てこなくなったら(煙の色がなくなったら)、精錬の工程に進む合図だ。なお、ここでは、炭化と精錬に分けて紹介しているが、精錬までを含めて炭化の工程だとのこと。

精錬

材料の中に残った炭素以外の成分を燃やしきるために、炭化の締めくくりとして窯の温度を上げてゆくのが精錬だ。窯の入口と煙突の開口部を少しずつ広くしてゆき、酸素を供給することで、窯の中の温度を上げる。ただ、急激に温度を上げると炭が割れてしまうため、温度や中の様子を見ながら慎重に進める。また、いつまでもやっていると炭自体も燃えてしまうため、やめるタイミングの見極めも重要だ。通常は、12時間くらいかけて行われる作業なのだが、撮影当日は窯の中の温度が高く、若干、短い時間で終えている。

精錬を始めてから6時間ほど経過した状態の窯
精錬を始めてから6時間ほど経過した状態の窯。

精錬を始めると、材木の表面からゆらゆらと炎が立ち上って来て、その炎がだんだん青みを帯びてくる。同時に材木の質感が、木の質感から赤い半透明の状態に変わってゆき、とても幻想的な感じになる。これは、見ていて飽きない。写真に撮りたいと思ったのだが、窯の入り口が狭くて熱いため、その部分を撮影することは出来なかった。残念。精錬が終わった後は、すき間を泥で密封する(窯を止める)。

精錬では、入り口を塞いでいたレンガを、ひとつずつ時間をかけて取り除いてゆく。
左の写真の3時間後、少しずつ入り口が広くなってきた。
入り口のレンガを取り除く作業を見ていたら、夜になってしまった。

精錬を終わらせるタイミングを見極める炭焼き職人
精錬を終わらせるタイミングを見極める須藤さん。炭の出来を左右する瞬間なので緊張感が漂う。
精錬終了となったら、入り口と煙道をレンガと泥でふさぐ。
開口部をふさぐと、行き場を失った炎が隙間から漏れてくる。
隙間から出ている炎を消すとともに粘土の食いつきをよくするための水を撒く。
窯を密閉するためにすき間を粘土でふさぐ。これで精錬終了だ。

隙間を塞ぐのに使っているのは、粘土なのだろうか?

「これ?これは、その辺にある土。昔は、山で木を切り出しながら、炭焼き窯も移動させてたんで、周囲にあるもので出来るようになってるの。」

よくよくお話をうかがうと、使っているのは粘土だが、特殊な粘土を購入している訳ではなく、近くにある粘土を探してきて使っているとのこと。今の窯は固定式なので、コンクリートなども使っているが、仮設のような雰囲気があるのは、身近にある材料を使ってきた歴史があるからだ。また、今使っている窯は、作ってから15年くらい経っているので、そろそろ次の釜の構想を考えているそうだ。釜自体に決まった形や構造などはないので、釜を作るところから創意工夫が発揮されるという。なお、窯に隙間が出来るのは、熱で窯全体が膨張するからだ。須藤さんは、「窯が動く」と表現していた。

窯出し

窯を止めた後(精錬終了後)は、4〜7日かけて自然に温度が下がるのを待つ。窯の温度が下がったら、窯の口を開け、炭を大まかに選別しながら搬出する。商品にするための最終的な選別は、別の場所で行う。下の写真は、搬出の日に撮影したものだが、時折雪が舞うような天気だったにも関わらず、窯の中に入るとほんのり暖かかった。

炭を搬出する直前の窯の内部
炭を搬出する直前の窯の内部。
炭を大まかに選別しながら搬出する尾瀬須藤林産の須藤さん
炭を大まかに選別しながら搬出する。炭同士を打ち付けると楽器のようないい音がした。

以上が、炭を作る時の大まかな工程だ。2トンくらい入れた材木からとれる炭は、200キロくらいだ。1回の炭焼きが2週間程度のサイクルになっていて、炭化させている間や窯の温度が下がるのを待つ間に、次の材料の準備や出荷用の選別などを行なっている。

炭焼きを始めた経緯

炭焼きは、須藤さんのお父さんが農家の副業として始めた仕事だ。須藤さんは、その仕事を小学校の頃から手伝っていて、子どもの頃は、山に連れて行ってもらうのが、楽しみだったそうだ。その後、須藤さん自身は、地元の会社に就職し、休日にお父さんの炭焼きを手伝っていた。そして、50歳手前になった頃、お父さんが高齢になって来たことと、炭焼きをやるのであれば、50歳になる前から行動を起こさなければいけないと考え、少しずつ準備をしつつ、48歳から本格的に炭焼きをするようになった。

「30代の頃は、父親の仕事を手伝いながら、炭なんて遅かれ早かれなくなるって思ってた。『注文が来るから焼いとくか。』みたいな感じだったのが、むしろ注文が増えて来た。」

須藤さんのお話によると、群馬県内で年間を通して炭焼きをしているのは、須藤さんだけとのこと。ホームセンターに輸入品の炭が山積みになっている時代に、炭焼きだけで成立しているのがすごい。

炭焼きに使う材木の束
1回の炭焼きで、材木の束が六つくらい必要になる。

現在挑戦していること

今は、茶室でお湯を沸かす際に使われるクヌギの木を材料にした炭を作りたいと考えている。クヌギは、5年くらいで育つし、クヌギで作った炭は単価が高いので、須藤さんの年齢や収益のことを考えると挑戦する価値がある。だた、この周辺にはクヌギが自生していないため、どこからか買ってくるか、木を自分で育てる必要がある。木を育てることに関しては、昨年蒔いた種がネズミに食べられてしまうなど、試行錯誤の最中だ。それが軌道に乗るまでは、購入した材料を使って炭を作り、販路を開拓することを考えているそうだ。

「焼く人が減ってるから需要はある。焼くのは難しいって言われるけど、簡単にできたら、やる価値ないよね。」

 仕事の面白さとは

「お客さんとのやりとりだったり、炭焼きを通して色々な人と交流できるのが楽しい。これが、ただお金のためだけだったら、やってけないっていうか。うちは、お客さんと直接取引してるから、こっちが気づかないアイディアとか希望とかを聞くことができるし、こっちから提案を返すこともできる。ただ炭を作ってるだけじゃあ、つまんないよね。」

直接やりとりをしているとクレームが来ることもあるが、それは改善のきっかけになるので、どんどん教えてもらっているとのこと。また、「ふれあいバザール」と呼ばれる片品村の地域交流イベントにも30年くらい前から参加していて、今では実行委員長を任されるなど、炭焼きを通して地域の発展に積極的に関わるのが、やりがいにもなっているそうだ。また、社会貢献をしたいという気持ちが強いので、今後の展開として、炭焼き体験の場を提供するなど、教育に関わることも視野に入っているそうだ。

須藤さんの仕事を見せていただきながらお話を伺っていると、60歳を越えているとは思えない前向きさに驚かされる。クヌギの栽培の話に象徴されるように、考えているだけではなく、実際に手を動かして新しいことに挑戦している姿を見ていると、自分もがんばろうという気持ちになってくる。これからの世の中は、発言だけではなく、実際の行動が問われる社会になってゆくことを考えると、いつまでも新しいことに挑戦する姿を見せてくれるだけで、充分、社会貢献になっているようにも思える。

写真と文 西澤丞 取材は、2021年1月と2月に行いました。