活字の鋳造から活版印刷までをこなす職人さんに、仕事内容を聞いてみた。
取材協力:佐々木活字店(東京都新宿区)
取材した人:写真家 西澤丞
はじめに
最近、自主制作の印刷物(ZINE)を作るようになったので、印刷について以前よりも気になるようになってきた。そんな時に、ふと「活字って、今、どうなってるんだろう?」と疑問に思い、ネットで調べてみた。すると、活字の鋳造から印刷までを一貫して行なっている会社、佐々木活字店さんの存在を知り、俄然、興味が湧いた。
取材当日、時代を感じさせつつも、きれいに片付いた店頭で出迎えてくれたのは、社長の佐々木勝之さん(48歳)大正時代から続くこの会社の4代目だ。今回の取材では、インタビューも撮影も全て佐々木さんに対応してもらった。
仕事の内容について
佐々木活字店さんの仕事は、活字の鋳造、文選、植字、印刷の4工程なので、各工程を詳しく教えてもらった。
活字の鋳造
佐々木活字店さんは、もともと、この鋳造から事業を始めたそうだ。2階の作業場にはたくさんの自動鋳造機が並んでいて、用途によって使い分けているとのこと。活字の鋳造に使う材料は、鉛、すず、アンチモンからなる合金で、それを熱して溶かし、350度くらいになったものを型に流し込む。鋳造で一番難しいのは、機械の調整だ。調整がうまくいかないと、鋳型からうまく外れないなどの不具合が生じる。そうなると原因を自分で探さなければいけないので、そこに時間がかかるという。整備してくれる業者さんはいないし、整備マニュアルなんてないからだ。
なお、今、活字の鋳造を行なっている会社は、全国に2件ぐらいだろうとのこと。
文選
印刷に使う文字を、ずらっと活字が並んだ棚から選び出す作業。速い人がやると1時間に600文字くらいを選び出せるというが、佐々木さんだと、その半分くらいだという。作業の速さは、経験が全てだそうだ。
ちなみに活字の大きさは、ポイントと号数の混合だ。号数っていう単位には、馴染みがないが、初号というのが42ポイントで、以下、号数が大きくなると対応するポイント数は小さくなってくる。8号は、4ポイント(ふりがな用)だ。佐々木活字店さんが所有している書体やサイズには限りがあるので、発注する際には、書体や文字の大きさを、あらかじめ打ち合わせる必要がある。
植字
選んだ文字を、L字型のステッキと呼ばれる道具の中に並べて版を作る。上の写真では、活字の間にクワタと呼ばれる文字間を調整する金属片を差し込んでいる。行間を調整する時には、木製のインテルと呼ばれるものを挟み込んで隙間を調整する。一度組んだ文字は、増刷に備えて、1年間は保存する。期限が過ぎれば、解版(かいはん)し、活字は溶かして再利用する。一度使った活字を、棚に戻すことはない。今回の取材で一番驚いたのは、ここだ。てっきり、何度か使うものだと思い込んでいた。
印刷
印刷の腕の見せ所は、並んだ文字の濃さを均一に印刷することだ。つまり、全部の活字が同じ圧力で紙に接するように調整すること。均一にするためにどうするかというと、活字の後ろに紙を挟んだりテープを貼る。取材の時も組んだ版の後に紙を貼っていた。また、依頼主からは、活版印刷を使ったことを強調するために、紙が凹むような印刷を要望されることもあるそうだが、本来は、紙ができる限り凹まないように印刷することを目指しているそうだ。強い圧力をかけると、文字がボケてしまって、活字本来のシャープさが損なわれるからだ。ただ、このあたりは、お客さまの要望次第とのこと。
なぜ、家業を継いだのか?
この時期に、活版印刷業を継ぐというのは、かなり挑戦的なことのように感じたので、そのあたりを聞いてみた。
「父親の苦労を見ていたので、子どもの頃は、この仕事があまり好きではありませんでした。だから、『やんないよ』って言って、36歳までは、建築関係の仕事をしていました。父親が自分の代で終わらせるつもりだってことを知っていましたから、『もったいないなあ』とは思っていましたが、他人事のように感じていました。しかし、祖父が危篤だってことで、病院に行ったら、祖父が僕を見て、「ここに跡継ぎがいるじゃないか。」って言ったんです。その言葉をきっかけに継ぐことを考えるようになりました。周囲からも『佐々木活字店がなくなっちゃうのは、もったいない。』って声が聞こえて来ましたが、2年くらいは悩みました。でも、ある時、悩み疲れてしまって、『悩んでるくらいなら、自分でやっちゃえばいいじゃん!』って思って、継ぐことを決めました。ここで生まれて、活字の鉛やインクの匂いに囲まれて育ったんで、ここが無くなってしまうということには、耐えられなかったんですね。かっこいい言葉をって考えるんですけど、活字って、夢とかじゃないんです。生活の一部なんです。だから自分の代までは、がんばろうって思ってやってます。もちろん、活字には魅力もありますし、大好きですけど。」
どんな人が活版印刷を利用しているのか?
「デザイナーさんが中心ですね。名刺や商品のラベルに使ってもらっています。原稿をもらって、それに合わせて活字を組んでゆきます。中には、活字で刷ったものをデータ化してデザインに使ってもらうこともあります。」
活版印刷の魅力とは?
「今は、パソコンに入っている文字で印刷するのが主流ですが、活字を使って印刷した文字の方が読みやすいと思います。昔、新聞の印刷が活版印刷からオフセット印刷に切り替わった時には、読みにくくなったと感じました。活字の文字は、シャープなので、小さな文字でもしっかり目に入ってくるんです。活版の魅力は、やっぱり文字だと思います。」
仕事をする上で難しいと感じることは?
「一番は、やっぱり機械のメンテナンスです。あとは材料の入手です。母型を作っているところはありませんし、隙間の調整に使う材料を入手するのも大変です。昔は横のつながりがあったので、融通し合うことも出来たのですが、それも出来なくなってきました。」
これからやってみたいこととは?
「デザイナーさんとはコラボすることも多いんですが、もっと違う業界の人とも一緒にやっていかなければいけないんじゃないかと思っています。未来に対するビジョンは、おぼろげにあるのですが、まだ誰かに語れるほど明確になっていません。ただ、活版印刷自体を知らない人が多いと思いますから、情報発信は積極的にやってゆこうと思っています。」
おわりに
世の中のあらゆるものがデジタル化され、揺らぎや余白が無くなっているせいか、今、周りを見渡すとフィルムカメラが人気だという。すぐに画像を確認できない不自由さが新鮮なのか、アナログならではの不確定さにドキドキするのか。きっと、人には無いものを欲しがる癖があるのだろう。そういった意味では、活版印刷で刷ったものを目にする機会が多くなれば、デジタルとの違いに魅力を感じる人が増え、活字を使ってみようと考える人が増えるはずだ。そして、そのためには、佐々木さんが課題としてあげていた情報発信が重要なのだと思う。
合理的なことも大事だと思うけど、合理化しすぎて多様性がなくなってしまうと、そこからの発展がなくなってしまう。考え方や方法は、色々あった方が、きっと楽しい。取材を終えて、そんなことを考えてしまった。
(写真と文 西澤丞 インタビューは、2023年2月に行いました。)