JAXA×タカラトミー。小型ロボット「SORA-Q」で月面を目指す!

タカラトミー:東京都葛飾区
JAXA:神奈川県相模原市

はじめに

JAXAさんから「タカラトミーさんと一緒に月面探査用のロボットを作ってるんですよ。」と教えてもらったので、どんなことをやっているのか興味が湧いて、取材させてもらうことにした。この記事では、前半がタカラトミーさん、後半がJAXAさんで取材させてもらった内容になっている。

タカラトミーさんで話を聞いた。

僕にとってタカラトミーさんと言えば、1970年代に発売されたミクロマンシリーズが強烈な印象として残っているおもちゃメーカーだ。読者の皆さんには、トランスフォーマーやゾイドのメーカーって言った方がわかりやすいのかな。

SORA-Qとは?

タカラトミーさんでお話を伺ったのは、米田陽亮さん(62歳)だ。先ずは、SORA-Qとは、どんなロボットなのかってところから聞いてみた。

「簡単に言えば、変形できる自律型の球体のロボットかな。月面の砂の上を走ることができ、さらに小型のカメラを積んでいて、画像を撮ることもできます。」

SORA-Qは、小型カメラで撮った写真を全て送信するのではなく、自ら良さそうな写真を選んで送信する仕組みも持ち合わせている。走行にしても撮影にしても、遠隔操作を必要としない、まさに自律型のロボットってことだ。もちろんミッションの用途に応じて遠隔操作することも可能だ。

走行形態に展開する前のSORA-Q

おもちゃメーカーであるタカラトミーさんがロボットを作っている目的って何なんだろう?

「おもちゃ開発を通じて培われた技術の可能性を試したいです。そして、子どもたちにロボットや宇宙に興味を持ってもらえたらうれしいですね。」

SORA-Qの開発は、2016年から行われていて、開発期間の前半と後半でチームが分かれている。米田さんは後半の2019年から参加しているため、開発初期の詳しい状況はわからないとしながらも、SORA-Qの開発を通して、おもちゃの開発技術の可能性を広げたいという思いがあったと教えてくれた。また、形状については、はじめから球体だったわけではなく、JAXAさんの募集要項にあった「昆虫型ロボット」というキーワードから、大きさや動きに関する様々なアイディアを検討するうちに、球体から走行できる形状に変形するというアイディアに発展していったそうだ。変形するっていうのは、トランスフォーマーの技術が役に立っているのだろう。なお、最初の形状が球体なのは、月に到着した時には月着陸船から投下されるので、頑丈なものにしておく必要があるからだ。

ショールームにあったトランスフォーマーのおもちゃ。
ゾイド。
米田さんが開発に携わった「Omnibot 17μ i-SOBOT」(オムニボット ワンセブンミュー アイソボット)。17個のサーボモーターで動くロボットだ。

ところで、おもちゃメーカーさんが宇宙開発に関わるなんて話を伺うと、社内で反対がなかったのか気になるのだが、反対意見は、なかったそうだ。逆に広報の人に「反対する要素ってありますか?」って聞かれてしまった。反対意見の有無について質問した理由は、日本の失われた30年の原因のひとつには、前例至上主義があると思っているからだ。実際に、僕の取材では、多くの取材先から前例がないという理由で断られたことがある。ただ、それは、タカラトミーさんには、当てはまらなかったようだ。米田さんのお話の端々からも、タカラトミーさんの自由な雰囲気を感じた。さすが、おもちゃメーカーだ!

SORA-Q(※動作検証モデル)をメンテナンスする米田さん。SORA-Qは、イベントなどに引っ張りだこなので、バッテリーの充電や清掃など、頻繁にメンテナンスしている。
片方の車輪を止めているネジは、わずかに2個。
透明なものは、樹脂を削り出して作った試作品。

SORA-Qの仕組みについて

SORA-Qは、球体から走行できる形状に展開する際に、バネの力で展開する仕組みになっている。バン!って感じで上の写真のような形態になる。開発期間の前半の試作品では、モーターを使って展開する仕組みにしていたが、展開した後は閉じる必要がないので、バネ仕掛けにしたそうだ。ただ、バネ仕掛けにすると、任意の時にだけ作動するようにするのが難しかった。結局、車輪を回すモーターを使ってロックを解除させることにした。走行用のモーターにロック解除の役割を兼ねさせることで、部品点数を抑えている。部品が少なければ少ないほど、軽くなるし、破損するリスクも減るので、部品点数の削減は重要なのだ。部品点数の削減や構造の単純化は、おもちゃ作りにも通じるという。

「おもちゃ作りも探査ロボットも、要求を満たすものを作るという点では、同じです。」

SORA-Qを作る上で一番、難しかったこととは?

「まずは砂の上を走れるようにしなければいけないので、スタックせずに走れる車輪にするのが大変でした。軸を偏心させたり、車輪に穴を開けてみたり、試行錯誤しながら砂の上を走れるようにしていきました。また、尻尾の位置や長さも重要でした。尻尾には、直進安定性を確保する役割があるのですが、実験をした結果、あまり長くしても意味がないことがわかって、この長さになっています。横に広がっている部分には、車輪の軸の方向に着地してしまった時に、姿勢を立て直す役目を持たせています。」

SORA-Qは、車輪の軸が、中心から外れた位置にあって、水泳のバタフライやクロールのように砂の上を泳ぐように進んでゆく。車輪の制御は、各種のセンサーを使ってSORA-Qが自分で判断して行う。必要があれば、左右どちらかの車輪だけを回すことも可能だ。

米田さんって、どんな人?

少年のような笑顔でインタビューに応えてくれた米田さんは、子どもの頃から動くものを作るのが大好きだったそうだ。おもちゃ作りでは、苦労もするそうだが、苦労するからこそ、最後にパズルがぴったりあった時のような達成感があるという。

「完成すれば、『どうだ!参ったか!』って感じです。」

最後に、おもちゃ作りに興味のある子たちへのアドバイスを聞いてみた。

「おもちゃって物理なので、物理の勉強は、した方がいいですよ。おもちゃを開発するには物理がヒントになってくれます。」

JAXAさんで聞いた話。

JAXAさんでSORA-Qを担当しているのは、2015年に設立された宇宙探査イノベーションハブという部署だ。この部署は、宇宙への敷居を下げ、新しいイノベーションを起こすことを目的としている。また、宇宙探査を通じて獲得した知見や技術を、地上での活動に活かすことも目標の一つだ。SORA-Qのお話を伺う前に、まず、この宇宙探査イノベーションハブという部署について、話を聞いてみた。答えてくれたのは、宇宙探査イノベーションハブで、宇宙探査実験棟を建てる時から携わっている片山保宏さん(52歳)だ。

宇宙探査イノベーションハブとは?

「宇宙探査イノベーションハブは、JAXAと民間の人たちとの共同研究の場です。JAXAにとっては、今まで持っていなかった技術を宇宙に持ってゆけますし、民間の人にとっては、宇宙開発に参加することで、技術的な競争力を持つことが出来るのではないかと思っています。」

今までの日本の宇宙開発は、JAXAさん主導で行うことが多く、民間との共同研究を専門に扱う部署は、かなり画期的だ。また、この部署があることで、単独では宇宙と関わらないような企業、例えば部品だけを作っているメーカーさんでも、どこかと組んで宇宙を目指すことが可能になる。宇宙探査イノベーションハブは、文字通り人と人をつなぐためのハブってわけだ。

研究のテーマについては、JAXAさんが一方的に募集するのではなく、民間からの技術情報の提案を元にテーマが決まることもある、双方向な感じだ。現在は、40くらいの共同研究が進行中で、これまでに200以上の団体が関わっている。また、民間企業からJAXAさんに来てもらって、JAXAさんから業務割合に応じた給料をもらって研究する「クロスアポイントメント」という制度も設けられている。共同研究で生じた特許などは、貢献度に応じ開発した人の手元に残るので、大きな負担をせずに宇宙と関わることができる。

宇宙探査実験棟の砂場実験場について

「月の砂は分析が進んでいるので、その性質を人工的に模した砂を作ることもできます。ただ、それは、粒子が非常に細かいので、扱うために特殊な防じんマスクが必要になるなど、管理が大変です。それに、真空の状態や重力など、月の環境を完全に再現することはできませんので、この実験場では、均一な性質を持ち、入手しやすくて扱いやすい硅砂を使っています。ここの施設の特徴は、その広さにあって、実物大のロボットなどを持ってきて一連のオペレーションを確かめられる場所になっています。」

天井にある照明を使うとこんな感じ。
砂場の横に用意された照明器具。

照明に関しては、将来の月面基地の候補地が月の南極に想定されているので、そこでの環境を再現するために低い位置から照らすようになっている。横からの照明を再現することで、太陽電池の取り付け角度やカメラの写り具合などを確認出来る。ちなみに、基地の建設が南極に想定されているのは、極地では白夜の状況が続くため、太陽電池がずっと使えたり、温度変化が少ないからだ。

JAXAさんが考えている宇宙開発のビジョンとは?

「従来は、『宇宙開発』という言葉が多く使われていたと思うのですが、最近は、『宇宙探査』という言葉をよく聞きます。ロボットや人が現地に直接行って調べることなどを含んでいます。国際宇宙ステーションの活動から、次の段階として、月探査への取り組みが本格化しています。さらに将来は、小惑星や火星を対象として宇宙探査は発展していくと思います。」

火星や小惑星も視野には入っているけれど、まずは月で実績を作る必要があり、その方向で宇宙探査イノベーションハブの活動も行われているということだ。

片山さんってどんな人?

「僕は、もともと宇宙分野より画像に興味があって、大学院では画像を分析して、対象の距離や形状データを推定する研究をしていました。大学院を終了するときに、JAXAが宇宙分野での画像計測の人材を募集していたので、学んだ専門技術を、魅力的な宇宙分野で活用したくて応募しました。」

絵を描くのが好きだった子が、コンピューターを好きになり、自分の好きなことを追い求めた結果、JAXAさんに就職することになったそうだ。現在は、宇宙探査イノベーションハブに関わりつつ、新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)のセンサー開発にも携わっているという。

「宇宙探査イノベーションハブの共同研究や宇宙探査実験棟での研究開発をもっと多くの人に活用してもらいたいですし、宇宙探査に興味を持ってもらえるようにしたいですね。」

SORA-Qの担当者にも話を聞いてみた。

SORA-Qについて教えてくれたのは、平野大地さん(36歳)だ。

SORA-Qを開発する上でのJAXAさんの役割とは?

「ロボットを宇宙仕様化することです。例えば、ロボットを、ロケットの振動に耐えられるようにするとか、宇宙では高温になったり低温になったりしますから、そういった熱環境に耐えられるようにするといったことです。設計は、タカラトミーさんにやっていただきますが、JAXAが持っている宇宙仕様化の知識や経験をインプットします。具体的には、部品や素材について『こういったものを使ってください』とお願いしていました。部品は、協力してくれた会社のものやJAXAが購入したものを使っていて、最終的な組み立てはJAXAが行なっています。その後、振動や熱など、宇宙環境にちゃんと耐えられるかどうかや安全性に関する試験をします。」

民間の団体と共同で研究することについて

JAXAさんにとってタカラトミーさんと仕事をするっていうのは、どんな感じだったんだろう?

「タカラトミーさんからは、『こういうアイディアは、どうですか?』というご提案をたくさんいただきました。車輪や尻尾の形など、タカラトミーさんが自社で色々なモデルを作って積極的にやっていただいたので、非常にありがたかったですね。普段の仕事では、こちらから『こういったものを作ってください。』とお願いするので、そういう点が違いました。ただ、宇宙関連のものは、独特の基準があるので、はじめに、そこを理解してもらう必要がありました。JAXAのクリーンルームを見学してもらったり、手の脂がついてしまうと宇宙に行った時によくないので、『ゴム手袋をしてください。』などといったお願いをしたりもしました。」

ロボットに脂がついてしまうと、宇宙でそれが気化してしまって、カメラのレンズに付着したり、腐食や錆の原因になってしまうのだという。確かに、こういうことは、宇宙に関わらないとわからないことだ。

ロボットを開発する際に難しい点とは?

「宇宙環境の模擬が大変で難しいなと思います。1/6の重力とかセンサーにどんな値が出てくるのかといったことを、事前に検証するのがとても苦労するところです。それから、軽量化が必要な一方で、ロケットの振動に耐えられるようにしなければいけませんから、丈夫さも求められます。そこを両立させるのが、我々の腕の見せ所でもあり、しんどいところでもあります。タカラトミーさんにも『ここをちょっと削ってください。』とか『ここは、強度上げたいんで、こういう形にしてください。』とかお願いしました。細かいことなので、ウザいって思われたかもしれませんけど(笑)」

SORA-Qを使った探査で得られるものとは?

「着陸した場所の調査や砂の舞い上がり具合などの基礎的なデータを収集して、将来の探査に備えようと思っています。また、カメラや基板などの部品を、宇宙で実証する機会にもなると考えています。」

SORA-Qは、2023年1月現在、アメリカのロケットで打ち上げられ、すでに月に向かっている。また、今後、日本のH-2Aロケットでも月を目指す計画となっている。このふたつは、着陸する場所やミッションの内容が違っているとのこと。

平野さんって、どんな人?

「大それた子どもじゃありませんでしたね。星空を見るのは好きでしたけど、ミニ四駆を改造して喜んでいる、ちょっとメカが好きな普通の子でした。高校は普通科で、航空宇宙工学科のある大学に入って、そこから宇宙ロボットを専攻するようになりました。最初からしっかり目標が決まっていたわけではありません。」

次世代の人にアドバイスするとしたら?

「こうことやりたいとか、自分の好きなことがあれば、くじけそうな時にがんばろうって思えるので、そういうのを見つけてくれるといいですね。」

平野さんへのインタビューは、オンラインで行われたので、顔写真はない。悪しからず。

 終わりに

昔は、仕事をする上での目標は専門家になることで、社会もそれを求めていた。だが、専門性の追求は、知識が深くなる反面、周りを見ることがおろそかになったり、応用が効かなくなってしまう面も持っていたと思う。それに比べ、今は、専門分野を持った上で周囲を見渡せるような一段高いところからの視野が必要であり、技術を活かすためには、他者との連携が求められている。単に「自分が、自分が」というだけではなく、他者との協業を視野に入れつつ専門性を磨いてゆく。今回の取材では、そんな風に仕事に対する考え方が、昔とは少しずつ変わって来ているのを感じた。みなさんの仕事では、どうだろうか?

写真と文 写真家西澤丞 インタビューは、2022年12月と2023年1月に行いました。