直径54mの巨大アンテナを造る仕事

美笹深宇宙探査用地上局(アンテナ)の建設風景。高所作業車に乗っている作業員。
撮影初日、2018年10月4日に撮影した写真

撮影地:JAXA 美笹深宇宙探査用地上局(長野県佐久市)

はじめに

2018年のある日、JAXAさんが発表した1枚の写真に、目が釘付けとなった。

「アンテナを作ってるんだ!」

早速、取材を申し込み、はやる気持ちを抑えながら現地に着いたものの、霧に包まれて何も見えない。今日はダメかと諦めかけた時、ぼんやりと浮かんできた、そのシルエットに驚愕した。

こんな感じで何度か撮影させてもらった写真に、インタビューの文章を加えたのが、この記事だ。

美笹深宇宙探査用地上局(アンテナ)の建設風景。霧の中から現れたアンテナの部品。
この写真も初めて現場に行った日に撮った写真。

何に使うアンテナ?

このアンテナは、美笹深宇宙探査用地上局と呼ばれているが、そもそも何のためのアンテナなんだろう? 建設当時からずっとこのアンテナに関わっている内村孝志さん(56)に話を聞いてみた。

「『はやぶさ2』などの深宇宙探査機を運用するためのアンテナです。深宇宙とは200万km以上の遠い宇宙のことを指します。また、探査機の運用では、アメリカのNASA(アメリカ航空宇宙局)を始め、ヨーロッパのESA(欧州宇宙機関)などとも連携しています。」

今回のインタビューで初めて知ったのだが、「はやぶさ2」は、まだ運用されていた。小惑星リュウグウから試料を持ち帰った後、まだ状態が良好だったことから、今は、新たに二つの小惑星を目指している。内村さんは、このインタビューの日も「はやぶさ2」のための仕事をしていた。

美笹深宇宙探査用地上局(アンテナ)の旋回機構。
アンテナを旋回させるための車輪部分。この時点では、雪を防ぐためのカバーがついていない。
美笹深宇宙探査用地上局(アンテナ)の建設風景。高所作業車やクレーン。
冒頭の写真の9日後に撮影した写真。あれよあれよという間にアンテナっぽくなって来た。建設中の写真は、タイミングが全てだ。

今まで使っていた臼田のアンテナとの違いは?

「臼田にも64mのアンテナがあるんですが、設計寿命が20年のところを30年以上使っていますので、それの代わりになるものとして建設されました。予算の都合で、直径が10mも小さくなったんですが、性能は同等以上です。ただ、そうするために、様々な工夫をしています。」

具体的には、以下のような工夫があるそうだ。

  • 熱によるアンテナの変形を最低限に抑えた。
    具体的には、フレームの材質を熱膨張しにくい金属に変更した。直射日光を遮るためのカバーをつけた。アンテナ自体にも冷却装置を設置した。
  • 受信機の性能を向上させた。
    臼田のアンテナでは、受信機の材質にガリウムヒ素(GaAs)を使っていたのだが、インジウムリン(InP)に変えた。
  • 副鏡を支える3本の支柱にも、空気を通して熱膨張を抑える装置をつけた。
  • アンテナの集光力を高めるために、表面の精度を0.23㎜にした。

といったことを、複数組み合わせて、アンテナが小さくなった分をカバーしたそうだ。また、送受信の性能以外にも、風雪に対する仕組みも改善されている。雪が降っても大丈夫なように、旋回する時の足の部分は、臼田のものよりも高い位置にあって、カバーも付いている。

なお、このアンテナは、2015年から建設が始まり、2021年に運用開始となったものの、現在も改修作業が行われている。回路の信頼性を確保するために、通常は2系統の装置を準備するが、現状では1系統しか無いため、もう1系統を準備している。また、停電した時のバックアップ電源として蓄電池を設置する作業も行われている。この場所では、樹木が電線に触れてしまったり、送電所の不具合などで、時々、停電が起きてしまうからだ。アンテナは、空気が薄い方が大気の影響を受けないので通信に有利になるし、市街地の電波がなるべく入ってこないところが良いので、どうしても高いところに設置せざるを得ない。そうなると、日本の場合は山の中となってしまうので、仕方がないのだろう。

美笹深宇宙探査用地上局(アンテナ)の建設風景。クレーンで吊り上げた大型の部品。
アンテナは、10分割した部品を、ひとつずつ組み付けていった。 
美笹深宇宙探査用地上局(アンテナ)の建設風景。部品を取り付ける様子。
部品を持ち上げてからここまでくるのは早いのだが、取り付け位置を決定するためには、かなりの時間を要する。

アンテナの建設は、どんな感じで進んだのだろう?

「大型アンテナは費用がかかるので、そんなに頻繁に作ることはありません。臼田で作ったものも30年以上前でしたから、当時の技術者はリタイアしていましたし、現在の技術者は大型アンテナを作る経験は皆無でした。そこで、まずは、過去にアンテナを作ったことのある人を集めて、勉強するところから始まりました。臼田の時の資料が残っていれば、それを参考にできたんですけど、ほとんど何も残ってなかったんです。だから、国立天文台のアルマ望遠鏡とかすばる望遠鏡に関わった人たちや国内の有識者に協力してもらって設計をしました。このあたりが一番大変でしたから、今は、これを絶やしちゃいけないって思っています。
それから、部品を運搬する時の調整も大変でした。幹線道路は夜間に運ぶんですが、この近くには別荘地がありますから夜間には運べません。また、子ども達の通学の時間帯を避けなければいけませんから、それらを調整し、近隣住民の方たちに理解していただくのが大変でした。でも、そういったことは、こういう大きなものを作る時には、必ずあることだと思います。」

美笹深宇宙探査用地上局(アンテナ)の副鏡。
まだ地上に置いてあった副鏡。直径は、5mほどだ。

メーカーさんとの役割分担は?

「JAXAが、全体システム設計を行なってから、アンテナ、送信機、受信機、復調装置といった各サブシステムの技術提案要請を行いました。そして、それに応じてくれた企業の中から、それぞれに最適な会社を選びました。JAXAが仕様を出し、全体システムを取りまとめる形です。」

今回の建設では、本体を建設する会社、送受信機を製作する会社、システムを作る会社など、それぞれ別の会社が行なっているので、各機器の接続に関する設計はJAXAさんが行なった。各社は、技術情報を開示してくれないので、そこでの調整も大変だったという。ちなみに衛星などでは、1社に発注して、その会社が取りまとめ役となって製作してもらう方式をとっている。

完成が近づいてきたアンテナを、下から見上げた写真。

内村さんって、どんな人?

こんな風にアンテナを建設してきた内村さんとは、どんな人なのか?個人的なことを聞いてみた。

「子どもの頃は、テレビやラジオを分解して、また組み立てているような子でした。最初に就職したのは、電機メーカーで、システムエンジニアをやってました。ただ、大企業で働くっていうのは、あんまり向いていないことに気がついたので、また学生に戻り、そこで無線設備を作ったり運用できる資格を取りました。パイロットを目指していたこともあるんですが、視力の試験でダメでした。JAXA(注:当時はNASDA)に入ったのは先生の勧めです。入社試験の論文で、スペースコロニーを作りたいって書いたら、採用されたんです。それだけじゃないと思いますけど(笑)」

子どもの頃から宇宙が好きだったのかと思いきや、学校の先生に教えてもらうまで宇宙関係の仕事に就くことは考えていなかったというのが意外だった。スペースコロニーは、今でも作りたいそうだが、実際の仕事では、学生の時に取った第1級陸上無線技術士という資格が生きている。人生、何がどこで活きてくるのか、後になってみないとわからないこともあるんだね。

美笹深宇宙探査用地上局(アンテナ)の建設風景。副鏡の取り付け。
副鏡の取り付け。この日は、午前中からカメラを構えて待機していたが、作業が夕方までずれ込んでしまった。

仕事を進める上で心がけていることとは?

「コミュニケーションしかないですね。今は自分がトップなので、若い人が楽しく自由に仕事できるように心がけています。若い人に権限委譲して、自分はサポート役に回っています。もちろん、プロジェクトリーダーなので、判断することもありますけどね。
このプロジェクトを始める前には、一人ずつ将来どうしたいのかを聞き取って、それに合わせて仕事を担当してもらってます。ずっとアンテナ開発に携わっていきたい人、今までやったことのない分野に挑戦してみたい人、マネジメントに興味のある人、いろいろな人がいるんですけど、このプロジェクトでは、そういう人たちが、うまくはまってくれました。仕事は、必ずしも希望通りになるわけではありませんが、できる限り個人の意志を尊重するようにしています。」

完成間近のアンテナを、一般道から撮影した写真。
完成間近の全体像

あの写真を撮ったのは、誰なのか?

筆者がこのアンテナを撮影するきっかけとなったのは、JAXAさんがSNS上で発表していた建設中の写真だ。あの写真は、誰が撮ったんだろう?

「あっ、それは多分、僕の写真です。宇宙開発っていうと衛星なんかが話題の中心になることが多いんですけど、こういった地上の設備がなければ、成り立ちません。ただ、アンテナのようなインフラに相当する部分は、縁の下の力持ちなのですが、知名度が低いので、自分がいるうちにアピールしたいと思って撮影するようになりました。宇宙開発は、上と下が協力してやってるんですよってことですね。
ただ、写真は、ここに来るようになってから始めました。初めてこの場所に来た時、あまりに星がきれいだったので、仕事が終わってから終電までの間とか泊りがけの仕事の時に撮るようになったんです。それに、臼田を建設した時の資料が無いってことがわかっていたので、記録映像を残そうと思って、アンテナの建設風景も撮るようなったんです。星空をバックにアンテナを撮っていると、宇宙に関わってるんだなあって感じます。」

なお、美笹深宇宙探査用地上局の最新情報と内村さんが撮影した写真は、以下のJAXAさんのウェブサイトに掲載されている。要チェックだ!

JAXA 美笹深宇宙探査用地上局(MDSS) GREAT2 PROJECT

美笹深宇宙探査用地上局(アンテナ)の夜景。
完成後は、設備がきちんと作動するかどうかの試験をした。
アンテナの内部。電波の通り道。
アンテナの内部。電波の通り道に相当する部分だ。
アンテナの内部。電波の振り分け装置。
周波数の違う電波を振り分ける装置。波長が短く周波数の高い電波は、網をすり抜けるが、波長が長く周波数の低い電波は、すり抜けることができずに反射する。ちなみに、筆者には理解できないが、波長の計算式は、以下の通りだと教えてもらった。
波長(λ)=光の速度(c:約3×10)÷周波数(f)

内村さんが考える、日本が宇宙開発を行う意味とは?

「国力の維持だと、私は思っています。技術による国力を維持するってことです。何もしないで、海外からデータだけをもらうなんてことは、ありえないことだと思います。ひとつのミッションは、様々な技術の積み重ねで成り立っているんで。それに、月なんかでは、資源探査が始まってるじゃないですか。ものすごくいいエネルギー源があるのに、エネルギーのない日本はどうするのかって考えます。ものづくり日本は、技術力で世界をリードしてゆくべきだと思っています。」

日本では、現状維持を大切にしている人が多い。だが、世の中は常に進んでいっているので、現状維持は、相対的に見れば後退だ。川の流れの中にただ浮かんでいるだけでは、川下に流されて行くのと同じだ。現在の位置を維持したければ、内村さんのように前に進むしかないのだ。

若い人たちに伝えたいこととは?

インタビューに答えてくれた内村さん。

「いろいろなものに興味を持って、勉強したり、挑戦しなさいってことですかね。さっきのカメラの話じゃないですけど、興味がなかったら勉強する気になりませんよね。目的意識を持つことが、大事なんだと思います。仕事に限ったことじゃありませんけど。」

アンテナの送信機の増幅装置。
送信用の電波を増幅する装置。赤いランプのついている部分が、増幅機になっていて、幾つもの増幅器の出力を合成して電波を強くする。装置全体は、水冷になっている。

おわりに

美笹深宇宙探査用地上局は、道路からでも全体像を見ることができるので、興味のある方は、蓼科スカイラインをドライブする途中にでも寄ってみるといい。敷地の中には入れないけど、道路ぎわには駐車場が用意されている。写真を撮るときなどは、マナーを守って安全にね。そして現地に行った時には、ぜひ、この記事を思い出してほしい。きっと、このアンテナが、もっと身近なものとして感じられるはずだ。

写真と文 西澤丞 インタビューは2022年8月に行いました。

アンテアの構造。