酪農の現場で、酪農の今と未来を教えてもらった!

酪農-新しい牛舎

取材協力:アラトデイリーファーム(群馬県前橋市)

はじめに

乳牛専門の獣医さんを取材した時(「乳牛専門の獣医さん。その現場にお邪魔した。」)に協力していただいたアラトデイリーファームさんが、新しい牛舎を建設していると聞いたので、取材させてもらった。お仕事の様子を撮影させてもらいつつ、酪農の仕事内容や現在の状況、これからの展望なんかを、専務取締役の野口旭洋さん(37)に、伺った。

朝5時。野口さんの仕事は、牛舎の見回りから始まった。

アラトデイリーファームさんの概要

まずは、酪農を行なっている会社であるアラトデイリーファームさんを、簡単に紹介しておこう。飼っている牛は、500頭(!)。そのうち、成牛は350頭で、子牛は150頭だ。働いている人は、社長を含めると18人。内訳は、役員4人と従業員14人なんだけど、役員と言っても社長自ら現場に出ているので、みんなで一緒に働いている感じだ。また、従業員14人のうち6人は、インドネシアから来た技能実習生と特定技能在留外国人の人たち。外国籍の人については、後で、もっと詳しく触れるよ。

酪農-堆肥の入れ替え
牛舎内の牛の通路にあたる部分を清掃する。作業は、重機で行う。

酪農の仕事って、具体的にどんなことをやっているの?

酪農に馴染みのない自分にとって、酪農の仕事なんて言っても、ぼんやりとしたイメージしか持っていないので、まずは、そこから聞いてみた。それによると、仕事は大きく分けて、四つ。搾乳、餌やり、子牛の飼育、堆肥の移動や牛舎の清掃となっている。それぞれを、もう少し詳しく説明しよう。

・搾乳

搾乳は、1日に2回、朝と夕方に行なっている。1頭あたりにかかる時間は、7分程度なので、一度に16頭から搾乳できる設備を使っても、3時間くらいかかってしまうとのこと。また、搾乳量を増やすことや牛のことを考えれば、3回にする方がいいみたいだけど、そうすると1回は夜中にやらないといけないので、人件費とのバランスで2回にしているとのこと。ただ、新しい牛舎が本格稼働するようになれば、ロボットが自動で行えるようになるので、1日3回も可能になるかもしれない。なお、乳牛が1日に出す乳の量は、個体差もあるけど、だいたい夏が32リットルくらいで、冬が38リットルくらいになる。夏は暑いので、量が減ってしまうそうだ。

新しい牛舎に導入された搾乳ロボット。人が補助することなく、全自動で搾乳できる。また、牛の個体を識別できるので、前日の搾乳量などもデータ化できる。
牛の個体を識別するためのタグ。個体を識別できるだけではなく、活動や餌を食べる量などもわかるようになっている。
従来からある搾乳のための施設。一度に16頭の牛から搾乳できる。

・餌やり

餌として与えるのは、牧草に、トウモロコシや大豆カス、腸を整える効果のある重曹を加えたもの。この餌の混ぜ具合は難しくて、今までは作る人によって、牛の食べ具合が違っていた。そこで今は、マニュアルを作って、誰が作ってもある程度同じ内容の餌になるように気をつけているとのこと。また、牛は、気温や湿度によっても食欲が変わってくるので、足りなくならないように、また、残らないように、分量を見極めるのも難しいそうだ。なお、餌は重機で運ぶのが基本なので、大きなフォークのような農具で牧草を与えているシーンは、見られなかった

酪農-餌やり
餌やりも重機で行う。この写真は、以前から使っている牛舎での様子。
酪農-餌やり-重機
こちらの写真は、新しい牛舎での餌やりの様子。
酪農-餌やり
ここの牛は、お産をする前の牛なので、床の部分に置かれた餌は、牧草のみだ。そこへ、牛の状態に合わせて穀物を置いてゆく。

・子牛の飼育

生まれて最初の三日間くらいは、親牛の乳を与える。親牛が出産後に出す乳の中には、免疫を高める成分が入っているからだ。その後は、商品として出荷できなかった乳を45日間くらい与える。その後、15日間くらいかけて固形の餌を食べられるようにしてゆく。そして、生まれてから4ヶ月くらいをここで過ごした後は、涼しい北海道で1回目の種付けまでを過ごし、生後20ヶ月くらいの時に、こちらに戻ってくる。北海道へ連れてゆくのは、子牛を暑い環境で育てるのは、あまり良くないからだそうだ。最近の暑さは、異常だからね。

子牛は、1頭1頭の様子を見ながら世話をする。
台車がついた銀色の容器には、殺菌装置が備えられていて、これで牛乳を配ってゆく。この容器は、ミルクタクシーと呼ばれている。

・堆肥の移動と牛舎の清掃

今回の取材では、野口さんも、この作業を行なっていた。堆肥は、牛のフンに木クズや菌を加えたものだ。堆肥を通路に撒くのは、牛が滑らないようにするためであると同時に、便や尿を回収しやすくする目的もある。混ぜる手間も省けるしね。ちなみに、牛は食べている時に一番たくさん排泄するらしい。確かに、撮影中にも何回か見かけた。

通路の部分を清掃した後は、乾燥した堆肥をまいてゆく。堆肥は、発酵しているため熱く、夏なのに湯気が出ている。
乾燥した堆肥をまいた後は、別の重機を使って混ぜる。
牛の水飲み場を清掃している様子。みなさん、思った以上に細やかな作業をされていた。
わずかに残った餌を片付けている様子。農場内をきれいにしておくことは、会社の方針なのだという。
仕事の区切りがついたところで、必ず行う重機の清掃。清掃することで重機の不具合をいち早く見つけることができる。

「うちでは、牛と菌を飼ってるんですよ。酪農を続けられなくなってしまう原因って、高齢化なんかもあるんですけど、実は、堆肥の処理ができなくなってしまって廃業となってしまうことも多いんです。うちも以前は、菌を混ぜることなんかしていなかったので、規模を拡大したいと思っても、堆肥の処理ができなくなってしまうと思って実現できなかったんです。そこで、なんとかしたいと思って、浄化槽の管理会社に相談して、菌の扱い方を教えてもらいました。菌を使って発酵させることで、体積が小さくなりますし、販売先の農家さんが『今までの堆肥と全然違う!』って喜んでくれるようになったんです。今では、販売用の堆肥が、予約を抱えるくらいの人気になってしまいました。牛の飼育に関しても、堆肥の中の菌が、大腸菌を食べてくれるんで、病気が減ったんです。菌を使う前は、どうなんだろうなあって思っていたんですけど、こんなに堆肥って変わるんだって思いました。」

菌や木クズを混ぜる時の塩梅には、コツがあるそうで、そこはスペシャルテクニックだとのこと。

酪農-堆肥置き場
新設した堆肥置き場。
酪農-堆肥置き場
ドリル状のものは、堆肥をかき混ぜるためのもの。このドリル状のものの先端や床にある溝からも空気が出てくるようになっている。

1日のスケジュールや休日について

酪農の仕事は、牛の乳を絞るタイミングに合わせているので、朝と夕方に分かれている。具体的には、朝の仕事が、5時〜10時。長い休憩があって、夕方の仕事が、16時〜20時となっている。朝の仕事は季節によって9時に終わる時もあるそうだ。基本的に1日9時間、季節によっては8時間といった感じだ。ちょっと変則的な感じのスケジュールだけど、残業はほとんど無いそうだ。

休日は、週休二日。ただし、相手が生き物なので、1週間の中のどこか2日を交代で休む。2日の休みを、連休にする人もいれば、バラバラで取る人もいるそうだ。また、有給もあって、それは建前だけの有給ではなくて、きちんと取れる有給だとのこと。想像していたよりもかなり条件が良いように思えたので、どうやって実現しているのかを聞いてみたら、常に効率を上げるための改善を行なっていることと、一人の人が複数の仕事をこなせるような体制づくりをしているからだと答えが返ってきた。確かに、専業になってしまったら、休むに休めないよね。

「以前は、なんとなく専業でやってました。だけど、いろいろな仕事をするようになると、それまで点だったものが、線にとしてつながってくるわけじゃないですか。そうすると全体が見えてくる。例えば、自分が搾乳の仕事をしている時でも、餌を作っている人の仕事がどんな状態なのかとか、子牛が今どういう状況なのかってことがわかるようになってくるようになるので、その人のためにできることがあれば、動けるようになりますし、その日の仕事量が多い部署があれば、手伝えるようになる。今は、一人で三つくらいの仕事を出来るようにがんばっていますが、将来的には、全部の仕事を出来るようにしたいですね。」

牛舎-内観-牛-換気装置
新しい牛舎の中は、こんな感じだ。広いだけではなく、天井も高くなっている。

働いている人たちについて

ニュースでは、外国人労働者の待遇が良くない事業所があると聞くことが多く、上に掲載した写真のなかにも、外国籍と思われる人が写ってる。アラトデイリーファームで働いている人たちは、どんな感じだろうと疑問に思ったので、聞いてみた。

「外国籍の人は、技能実習生と特定技能在留外国人に分かれていて、最初は技能実習生として3年間働いて、その後、希望する人は、国の試験を受けて特定技能在留外国人になります。特定技能在留外国人の滞在期間は、5年間です。外国籍の人でも、休日や賃金は、日本人とほとんど同じです。技能実習生は、最低賃金からのスタートになってしまいますけど。」

技能実習生が、最低賃金からスタートするといっても、それは、日本人が働く時だっておんなじだ。実は、アラトデイリーファームさんを取材させてもらおうかどうしようか迷っていたことがあった。外国籍の人たちの待遇がどうなっているのか、心配だったからだ。もし、ニュースになっているような劣悪な環境だったら、彼らに申し訳ないし、記事にも出来ない。ただ、取材に来る前、野口さんに彼らのことも話題のひとつとして取り上げたいと相談したところ、快くオーケーだと言ってくれたので、お話を聞いてみることにしたんだ。やっぱり、こういうことは、現場に行ってみないとわからないね。ちなみに特定技能在留外国人の資格を取るような人は、優秀な人が多く、野口さんも以前は、教えてもらうことが多かったそうだ。

日本の人は?というと、専門学校からインターンに来ている人とちょっとだけお話しした時に、「酪農、好きです。」って言っていたのが、印象に残ってる。若い人が、全く興味を持っていないかというと、そんなことはないようだ。

新しい牛舎の外観。
牛舎-換気装置
新しい牛舎の換気装置。牛は、大量の酸素を必要とするので、換気のための装置が、数多く取り付けられている。

野口さん自身のことも聞いてみた

「ここで働くようになったのは、5年くらい前からです。その前は、東京の繊維を扱う商社で働いていました。5年くらい前に、実家を手伝うために戻って来たんですけど、戻って来てしばらくしたら、叔父にあたるここの社長と自分の父親が、何か話し合いをしたらしく、父親から「お前、おじさんのところに手伝いに行け!」って言われて…。最初は、乗り気じゃなかったんですが、やってみたら面白かったんです。作ったら作った分だけ、お金になる。在庫なんて持たなくていい。なんじゃこれって思って。そこが一番面白かった。」

酪農をやっている理由が、牛が好きとかってことではなく、商売として面白いと考えているあたりは、商社で働いていた経験があるからだろう。

今後の展望も聞いてみた。

「今までは、きれいな仕事じゃないし、臭かったりとか、朝が早かったりとかってイメージがあるんですけど、新しい機械なんかを使って生産することで、新しい酪農の形を目指したいですね。後輩たちには、スーツを着た酪農家だっていいじゃないかって言ってます。今後数年で家族経営の農場が、後継者不足で減ってゆくと予想されていますから、需要と供給のバランスは、規模の大きな農場が支えることになると思います。ですから、規模を大きくすることで、生き残ってゆきたいと思っています。若い人が、『これで食っていける!』、『農業でもこんなに稼げるんだ!』と思ってもらえるような職業にしたいですね。」

また、夢についても教えてもらった。

「新しいことには、どんどんチャレンジしてゆきたいですね。広大な牧草地を作って畑部門みたいなのも作りたいと思っています。それに、堆肥を使ってバイオマス発電なんかもやってみたい。バイオマス発電が出来れば、他の農場で処理に困っている堆肥の処理もできるし、北関東には食品工場が多いので、そこから出た残渣も処理できると思うんです。発電できれば、自分のところでも使えますし、地域で使ってもらうこともできるので、それなりに貢献できるんじゃないかと思っています。夢は、広がりますよね。」

お話を伺ったアラトデイリーファームの野口さん

おわりに

酪農の仕事が、牛を飼うだけではなく、菌を飼うことにもなっているのには驚いたが、野口さんの考える未来の農場にも驚いた。誠実な話ぶりで、夢を語る野口さんを見ていると、なんだか安心した気持ちになるのは、自分だけじゃないはずだ。野口さんは、今の日本に一番足りないものを持っているような気がした。

写真と文 西澤丞 インタビューは、2022年7月に行いました。

酪農-管理
働く人-打ち合わせ
牛舎-換気装置
酪農-働く人-重機