廃線ウォークって、何? 鉄道遺産を使って町おこしをしている人に話を聞いてきた。

群馬県安中市松井田町横川 安中市観光機構

はじめに

群馬県内の取材先を探していた時に、ふと目にとまったのが、「廃線ウォーク」の文字。イベント自体にも興味が湧いたのと、運営の中心となっている人が、企画からガイドまで関わっているということで、お話を聞くべく、早速、問い合わせてみた。

対応してくれたのは、上原将太さん(29歳)。一般社団法人安中市観光機構の社員さんだ。安中市観光機構は、安中市からの支援を受けて、安中市の観光に関する仕事を行なっている団体だ。上原さんを含めた4人の社員さんに、アルバイトやパートさんを加えた7人体制で働いている。

この日の集合場所となっていた観光案内所。碓氷峠鉄道文化むらの北側すぐそばにあるのだが、駐車場からの道が少々分かりづらい。
廃線ウォークの受付は、この建物中で行われていた。
受付をしているのが、上原さん。この日のお客さんは、15人くらいだった。

まずは、廃線ウォークの内容を、教えてもらった。

「1997年9月30日に廃止された、信越本線、横川-軽井沢間の廃線を歩くイベントです。距離は、横川駅から軽井沢駅までで、11.2㎞あります。道中は、最大で66.7パーミル(6.67%)の斜度があります。」

横川-軽井沢間の在来線は、北陸新幹線の開業とともに廃止となり、それが廃線となって、今も残っている。廃線には、アプト式という特殊な方式で1963年まで運用されていた信越本線旧線と、北陸新幹線が開通した1997年まで使われていた信越本線新線の上り線と下り線がある。旧線の方は、線路が撤去されて遊歩道となっているので、自由に散策できる。レンガで出来た眼鏡橋を、写真などで見たことがあるかもしれないが、それは旧線で使われていた橋だ。新線の方は、線路や架線柱などが残されたままなので、今にも動きそうな雰囲気があるものの、通常は立入禁止となっている。廃線ウォークは、その立入禁止部分を活用したイベントだ。

私が参加した日は、観光案内所からのスタートだったので、近くにある関所跡などで、松井田町横川の歴史を教えてもらいながら進んでいった。
途中、碓氷峠鉄道文化むらから機関車がやってきたので、それを前に、機関車が使われていた当時の様子を説明してくれた。

スタートしてから「峠の湯」までは、遊歩道として整備された旧線を歩いて行く。横には新線が並行していて、碓氷峠鉄道文化むらから「峠の湯」まで、トロッコ列車が運行されている。

廃線ウォークのコースやスケジュールについて

コース

コースは、上り線、下り線、往復、短距離の四つのコースが用意されている。なお、「上り線」「下り線」は、電車の行き先と同じ意味なので、横川-軽井沢間の坂道の上り下りとは、逆になる。今回、参加させてもらった「信越本線下り線踏破」コースは、軽井沢までずっと上り坂が続く。イベントを予約する時に、早とちりをしないように気をつけよう!また、コースは、お客さんの要望によって、アレンジもできるそうなので、団体で何かの企画を考えている場合は、相談してみてもいいだろう。学校の課外授業として、イベント運営や地域おこしの勉強をするための申し込みもあるそうだ。

開催期間

イベントは、年間を通して行われているが、季節によって開催頻度が異なる。私が参加させてもらった5月は、10回開催された。

スケジュール

参考までに、参加させてもらった「信越本線下り線踏破」コースのスケジュールを書き出しておく。時間は、参加者の状態によって変化するので、あくまで目安だ。

9:00  観光案内所で受付開始
        早めに受付を済ませて、碓氷峠鉄道文化むらで遊ぶのもいいかもしれない
11:00 観光案内所に集合してから出発
        この間は、遊歩道を歩く
12:00 「峠の湯」の屋外ベンチなどを利用して「峠の釜めし」を食す
       「峠の釜めし」は、ちょっとした特別バージョンが用意されている
13:00 午後の部、出発
       ヒル対策の塩水スプレーなどを受け取って、立入禁止部分に入って行く
17:00 軽井沢に到着 解散

なお、コースやスケジュールは、変更となる可能性があるので、廃線ウォークのウェブサイトで確認してほしい。

遊歩道の途中にあった旧丸山変電所。
カメラを傾けてるわけじゃなく、このくらいの斜度があるってこと。
「峠の湯」で「峠の釜めし」を食べたら、立入禁止エリアに突入だ。

廃線ウォークの見所は?

「働いていた人たちが見ていた風景を、同じ視点で見てもらいたい。横川の歴史を感じてもらいたいですね。ドラマがたくさんある場所なんで。」

上原さんは、ガイドを務めている時、まるでラジオのように、ずっとしゃべっている。話すネタは、実際に鉄道で働いていた人や地域の人に話を聞き、ネットには出ていないリアルな話をするように心がけているそうだ。説得力のある話と目の前にある風景とが相まって、お客さんを飽きさせない。また、石がゴロゴロしている場所を11㎞も歩いていると、正直なところ、足が重くなることもあるんだけど、そんな時に「あと、4㎞くらいですよ。」なんて、さりげなく教えてくれるのも、心理的にとてもうれしい。それに、ガイド以外にも、音楽を流してくれたり、撮影を兼ねた休憩タイムがあったり、映像を見せてもらったりするので、高齢の人や小さな子どもでも参加出来るイベントになっている。

数々の工夫は、お客さんからの要望を取り入れて改善していった結果なので、これからも、どんどん良くなってゆく可能性を秘めている。

立入禁止エリアに入ってしばらくすると、霧積温泉へ向かう道路と交差する。霧積温泉は、森村誠一さんの小説に出てくる場所なので、ある程度の年齢の人は、聞いたことのある地名だと思う。
最初のトンネルに入った。とりあえず、写真を撮るよね。各所で休憩を兼ねた撮影タイムが設けられている。
足元がデコボコなので、足首をホールドするような、ちゃんとした靴で参加することをお勧めする。
途中のトンネルにも当時の電話機などが残されている。

廃線ウォークに参加している人たちって?

僕が参加した時は、お客さんの年齢層や雰囲気がバラバラだったんだけど、どんな人たちが参加してるんだろう?

「参加してくれる人たちは、鉄道好き、ハイキングが好きな人、廃墟が好きな人、構造物が好きな人ですかね。今だと、コロナなんで、密を避けられるイベントとして選んでくれる人もいます。首都圏の人が中心ですけど、京都や九州からも来てくれます。」

なお、この記事の写真は、最後に出てくる2枚の写真以外、一回のイベントで撮ったものなので、どんな写真が撮れるのか参考にしてもらえると思う。記事にするためには、イベントの様子も撮らなければいけなかったので、少々慌ただしくなってしまったが、風景だけを撮るのであれば、もっとゆったり撮れるはずだ。それから、撮影に関していえば、雨の日もオススメだ。コントラストが低く、物の色が水に濡れて濃くなるので、しっとりとした静かな廃墟っぽさが出るからだ。天気が悪いからといって悲観することはない。

橋の上からは、上り線の橋や旧線の眼鏡橋も見ることが出来る。この場所では、ちょっと長めの休憩と撮影タイム。休憩は、お客さんの様子を見ながら調整しているそうだ。
ヘルメットや懐中電灯は、レンタルもあるが、工事現場の人のようにヘルメットにライトをつけて持参すると、両手が使えるので便利だ。荷物になるけどね。

なぜ、この仕事に?

さて、お話を伺った上原さんは、廃線ウォークでガイドをしているだけではなく、トンネル内で映像を上映したり、発電機を持ち込んで信号機を点灯するなどの企画を考えているということなので、どうしてこの仕事に関わるようになったのか、聞いてみた。

「僕、ずっと野球をやっていて、甲子園にも行ったことがあるんです。農大二高っていう高校にいて。大学でも野球をやっていたんですけど、卒業するときに『自分、野球しか知らないぞ。これでいいのか?』と思って、野球関係の仕事ではなく、普通の会社に就職しました。東京の印刷会社で営業として、3年くらい週刊誌の担当をやっていました。残業も多くて大変でしたけど、お客さんとのやりとりが面白かったのと、関わったものが毎週、形になって出てくるので、とても充実していました。」

その後、出身地である安中市松井田町に帰りたいと思ったことから、先輩を頼って群馬県内の別の会社に就職した。しかし、安中市とは離れた場所にある会社だったため、もっと地元と関わる仕事をしたいという思いが強くなっていった。そんな時に、安中市で廃線を活用する企画が持ち上がっていることを知り、面白そうだと思って、安中市観光機構に転職した。廃線ウォークは、市民が参加したワークショップで出たアイディアを元に、安中市観光機構が廃線の整備に取り掛かっていたが、上原さんが就職した時点では、具体的な内容が決まっていなかった。そこで、実際に現場を歩き、何を伝えるべきか、考えるところから始めた。そして、色々な人に話を聞くうちに、この地域の歴史を伝えたいと考えるようになったという。

このトンネルでは、発電機を使って信号機や照明を点けてくれる。
最近は、カメラの性能がいいので、ストロボを使わずに現場の照明を生かすと、いい雰囲気になると思うよ。
別のトンネルでは、ショートムービーを鑑賞する。横川-軽井沢間で列車が行き来していた時代の映像や、当時働いていた人たちへのインタビュー映像を短くまとめたものだ。インタビュー映像には、上原さんのおじいさんも、当時の運転手として登場する。

仕事で心がけていることとは?

「コースを、きれいに整備しようと思えば、もっときれいに出来ます。でも、それだと廃線の雰囲気が残らないので、草刈りなんかも安全に歩ける程度にとどめて、あるものを生かすようにしています。」

確かに、周囲までビシッと草刈りがしてあったり、架線柱がペンキ塗りたてみたいだったら、ちょっとイメージと違うかも。

「反省していることもあって、一昨年の台風19号の時に、トンネルが崩れちゃったんです。でも、その時まで、崩れるなんて思ってなかったんで、今から思えば、水の流れる場所なんかを事前に把握して、もっと整備しておけば良かったのにと思っています。」

崩れたトンネルは、コースから外されていて、私が参加した時も別のトンネルに迂回するルートになっていた。群馬県は、基本的に台風が来ないので、台風への備えが弱いのは、致し方ない気もする。ただ、100年に一度みたいなことが、毎年のようにあるので、災害に対する想像力は、ますます必要になってくるのかもしれない。コースが長いこともあって、廃線の雰囲気を生かしつつ整備するのは、大変そうだ。

廃線ウォークで注意しなければいけないのは、ヒルの存在だ。この日、噛まれた人はいなかったが、私の靴にも何度かくっついていた。参加者は、食塩水の入ったスプレーを貸してもらえるので、見つけ次第、それを吹きかける。
この日は、途中から雨が降ってきた。雨具は、ポンチョが便利かも。

今後は、どうしたい?

「全ては、知ってもらうことから始まると思うので、認知度向上に取り組みたいです。廃線ウォークを、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。今、仲間と新しい映像を作ろうかと考えているところです。それから、町を活性化させるためには、地域の人とのつながりが大事だと思っていますので、たくさんの人と一緒に出来るような活動をしていきたいと思っています。1人の限界は、1でしかありませんから。」

午後5時ごろ、最後のトンネルを抜けて軽井沢に到着。帰り際、みんながうれしそうに上原さんと話をしていた。

おわりに

上原さんによると、地域の人の満足度が高いと、その地域を訪れた人の満足度も上がる。つまり、地元の人が楽しそうに働いていると、訪れた人も楽しいと感じて、また遊びに来てくれるとのこと。確かに、どこかに遊びに行った時に、親切な店員さんがいたら、その地域に親しみが湧くっていうのは、よくわかる。地元愛が溢れて止まらない上原さんと接していると、自分も、なんだかこの町が好きになってきた気がするぞ。エネルギーは、伝わるんだね。

色々教えてくれた上原さん。上着を脱ぐと、「ANNAKA CITY」と大きく書かれたTシャツが現れた。
この写真と左の写真は、イベントとは別の日に撮らせてもらった。この時期、月に3、4回、草刈りをするそうだ。

写真と文、西澤丞 インタビューは、2021年6月に行いました。