小型実証衛星3号機とは? JAXAさんの筑波宇宙センターで取材してきた。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)筑波宇宙センター (茨城県つくば市)

はじめに

筆者は、以前、固体燃料ロケットイプシロンや美笹深宇宙探査用地上局などを取材させてもらったことがある。しかし、JAXAさんが行っている研究は、ロケットやアンテナのような大きなものばかりではないはずだ。そこで、今回は、イプシロンロケット6号機によって打ち上げられる予定の小型衛星について取材させてもらった。

この記事では、小型実証衛星3号機の音響試験を中心とした試験の様子を撮影するとともに、プロジェクトマネージャの下で衛星システム全体の取りまとめ役をされている梯友哉さん(35才)にお話を伺った。

音響試験設備の扉を開けている様子。
音響試験設備の扉を開けている様子。音響試験設備では、ロケットのフェアリング(衛星を収める部分の覆い)などもテストされるので、かなり大きな空間になっている。

小型実証衛星3号機とは?

JAXAさんのウェブサイトでは、小型実証衛星3号機は、革新的衛星技術実証3号機の一部だと説明されていて、他の衛星の図版もたくさん出てくる。しかし、素人には、何がなんだかよくわからなかったので、その辺から聞いてみた。

革新的衛星技術実証3号機とは?

教えていただいた話をまとめると、こんな感じだ。革新的衛星技術実証3号機とは、いくつかの衛星を宇宙に運んで行って実証実験をするプロジェクトの名前であって衛星の名前ではない。今回撮影させてもらった小型実証衛星3号機のほか、超小型衛星(3機)やキューブサット(5機)を含む衛星群の総称ってことだ。ただし、超小型衛星(3機)は、別のロケットに搭載される。(この辺りが、ややこしい!)なおこのプロジェクト名に「3号機」とあるのは、JAXAさんがテーマを一般公募して宇宙で実証実験を行うのが、3回目だからだ。ちなみに1号機は2019年1月18日、2号機は2021年11月9日に打ち上げられた。

音響試験設備の中に置かれた小型実証衛星3号機
中央にある四角い物体が小型実証衛星3号機だ。衛星は、架台に載せられ、周囲にはマイクが設置されている。

小型実証衛星3号機とは?

この小型実証衛星3号機は、JAXAさんが一般から公募した七つの実証テーマを搭載して宇宙を目指す。「実証テーマ」と呼ばれているのは、部品や機器を宇宙に持って行って、そこでうまく作動するかどうかの実証実験を行うからだ。

補足情報-1 衛星の大きさについて

「キューブサット」とは、10センチ角、1キログラム程度の規格サイズに収まる衛星のことだ。なお、10センチ角がユニット(U)を呼ばれるひとつの単位で、今回積まれるキューブサットの中にも、2Uや3Uの大きさのものがある。「超小型衛星」とは、一般に100キログラム以下の衛星を指すが、革新的衛星技術実証3号機では、50キログラム程度の衛星が搭載される。また、「小型実証衛星3号機」は、110キログラム程度の質量があり、小型衛星と呼ばれる部類に入る。

補足情報-2 イプシロン6号機での打ち上げについて

2022年10月7日に打ち上げられる予定のイプシロン6号機には、小型実証衛星3号機とキューブサット5機、これに加えて、民間企業から打ち上げを委託された衛星が2機搭載される。

音響試験設備内の測定用マイク
音響試験中に出ている音を測定するためのマイク。

小型実証衛星3号機に搭載される実証テーマについて

実証テーマは七つあるが、素人には難しい内容のものもある。そこで、梯さんに教えてもらった中で、素人の僕でもなんとなくイメージがつかめたものをいくつか紹介する。

低軌道衛星MIMO/IoT伝達装置LEOMI(日本電信電話株式会社)

MIMOについて
MIMOとは、Multiple-Input Multiple-Output(マルチプルインプット_マルチプルアウトプット)の略で、送信と受信に複数のアンテナを使い、通信容量を増やすための実験をする装置だ。この装置では、データを衛星から地上に下ろすことに焦点が当てられている。MIMOの技術は、すでに携帯電話などで使われているが、宇宙空間では、距離が遠いことや衛星が動いているため、この技術を使っての通信に課題があるとのこと。低軌道での実証は、世界で初めての挑戦だ。

IoTについて
こちらは、地上から衛星に向かって送信する技術の実証実験用。地上に設置した小型の装置からの微弱な電波で衛星と通信ができるかどうかを見る。従来は、大型のアンテナを使って通信を行なっていたが、それでは、通信できる場所が限られてしまう。もっと色々な場所での通信が可能になれば、将来的には携帯電話で衛星と直接やりとりができるようになるかもしれない。

水を推進剤とする超小型統合推進システム KIR (株式会社Pale Blue)

KIRは、水を用いた推進システムだ。現状では、衛星の軌道を変えたり姿勢を変えたりする場合、ヒドラジンなどの危険性の高い推進剤が用いられることが多く、そのような燃料を使った場合は、管理が難しくなってしまう。それを、水に置き換えることができれば、様々な面で扱いが楽になる。なお、KIRは、小型ながら、ひとつの装置の中に、水蒸気化して噴射するモードとイオン化して噴射するモードを備えている。イオン化して噴射すれば、少し力が弱まるものの燃費が良く長時間の噴射が可能となる。

膜面展開型デオービット機構 D-SAIL (株式会社アクセルスペース)

こちらは、衛星を軌道(オービット)から離脱させるための装置だ。下の写真の小型実証衛星3号機の模型から出ている三角形の膜がそれだ。はじめは、小さな箱にこの膜が収められていて、衛星が役目を終える時に膜を展開する。すると、宇宙といっても衛星が回っているところには希薄ながら空気があるので、膜が抵抗となって衛星の速度が落ち、大気圏に突入することになる。つまり、役目を終えた衛星が、宇宙ゴミとなるのを防ぐための装置だ。小型実証衛星3号機は、打ち上げてから約1年間は、他の実証テーマの実験をするが、それらの実験が終わったら、これを展開して、軌道高度を落とすことができるかどうかの実験する段取りになっている。

これは、小型実証衛星3号機の模型。模型から出ている三角形の膜が、膜面展開型デオービット機構 D-SAILだ。
青枠部分がMIMOのアンテナ。赤枠部分が、IoT
のアンテナ。緑枠部分が、KIR。紫枠部分にはD-SAILが収められている。

公募されたテーマは、どうやって選ぶのか?

選ぶ際には、実証テーマが実現可能かどうか、衛星に搭載できるかどうか、危険性はないかなどを、JAXAさんが審査したのち、大学の先生をはじめとした外部の方々が、実証テーマの意義について審査する。その上で、衛星にいくつまで積めるかを考えながら実証テーマを決める。今回は、七つのテーマだったが、大きさや重さによっては、六つや五つのテーマだったかもしれない。

音響試験が終わった後、衛星の外観に異常がないか確認している様子。この衛星の開発は、三菱重工業株式会社さんなので、試験も三菱重工業株式会社さんの手によって行われている。

この衛星を作る段取りは?

実証テーマが決まったら、小型実証衛星3号機の本体の設計に入る。衛星本体は、JAXAさんが三菱重工業株式会社さんとともに作るが、衛星に搭載する各実証テーマは、応募者自身が作る。基本的には、JAXAさんが提示したインターフェースに合わせて作ってもらうが、どうしてもその範囲に収まらないものは、JAXAさん側で対応することもある。プロジェクトの進行は、JAXAさんと応募者さんとで、インターフェースの調整を行いながら、並行に進めるイメージだそうだ。ただ、今回は、テーマが七つもあるので、搭載する場所や実験する順番などの調整が大変だったとのこと。

音響試験室の壁面。赤色のコードは、衛星の中の加速度計とつながっていて、音を当てた時の衛星内部の様子を把握できるようになっている。

衛星を打ち上げるまでには、どんな試験がある?

  • 音響試験 今回撮ったやつ
  • 振動試験 準備風景を撮影した試験
  • 衝撃試験 衛星がロケットから分離する時の衝撃に対する試験 
  • 熱真空試験 宇宙環境を模した試験
  • 電磁環境に関する試験 衛星自身の出す電磁場などが影響しないかどうかの試験
  • 電気的な試験 電気的な装置がきちんと動くかどうかの試験

今後、日本は、宇宙でどんな活動をしようとしてる?

「宇宙産業に関して、世界中でスタートアップ企業が立ち上がってきていますが、日本は遅れてきているので巻き返しが必要だと思っています。民間の力を活かしつつ、JAXAとしてやるべきことをやって、宇宙利用を拡大して、より良い宇宙産業の発展を目指してゆくことが必要だと思っています。革新的衛星技術実証プログラムは、まさに宇宙利用を目指している方のための実証の機会なので、最初の一歩として活用していただき、宇宙のみならず、様々な産業の活性化につなげてゆきたいと思っています。今後は、農業や漁業など、今まで宇宙と全く関係のなかった分野でも活用の機会が出てくると思っています。

また、火星や月などに関する大がかりなプロジェクトは、国際協力で進めようとしていますが、協力するにしても独自技術を持っていなければ、協力もできませんから、日本として持っておくべきものは持っておかなければダメだと思っています。それには、協力と競争の使い分けが必要で、限られた予算を有効に使うためには、小型衛星は、一つの答えかなと思っています。」

次の試験室に移動するための準備として、カバーを取り付けようとしているところ。

梯さんの仕事とは?

「JAXA側の担当として、全体を取りまとめるのが、私の仕事です。プロジェクトマネージャーの下で、チーム内外それぞれの作業が円滑に進むように調整をしています。JAXA内の小型実証衛星3号機のプロジェクトチームとしては、衛星の開発を担うメンバーが10人くらいいます。それ以外では、イプシロンロケットのチームや衛星を作ってくれている三菱重工業株式会社がいます。また、それぞれ実証テーマ機器にも個別の担当者がいます。それに、機器と同じように、人と人のインターフェースの調整も重要で、全体を見ながら優先順位をつけて調整をしています。」

この衛星は小さいので。こんな感じでゴロゴロと移動。

なぜJAXAに?

インタビューに答えてくれた梯(かけはし)さん。

「中学校くらいの時に宇宙の大きさを知って、かっこいいと思って。そのかっこいいなあっていう思いだけで、ここまで来ています(笑)自分の想像を越えた大きな世界が、かっこいいと思ったんです。高校生の時には、宇宙っぽい仕事をしたいなあくらいでしたが、大学生の時から、JAXAに入りたいと考え始めました。」

JAXAに入るには、何を勉強すればいい?

「私の場合は、電気と機械の間くらいのシステム工学というものを学んでいました。そこで宇宙関係の授業とか研究を行っていました。今は、宇宙に関する敷居が下がっていて、革新的衛星技術実証3号機には、高専生の作ったキューブサットを積んでいますし、高校生くらいでも宇宙開発に参加できるようになってきています。また、JAXAと一括りに言っても、技術系と事務系とありますので、しっかりとした専門性を持っていて、自分のやりたいことがあれば、JAXAに入れるかなと思います。関わり方は、本当にいろいろあります。プロジェクトを進めようと思った場合、一人ではできないので、うまく仲間を巻き込めるような人が多いかな。」

振動試験室に運ばれてきた小型実証衛星3号機。

仕事ってどう?

「一人ではできない大きなプロジェクトができるのが、宇宙開発の醍醐味だと思っています。JAXAに入った理由は、宇宙を使って日本の未来に貢献したいと思ったからなので、まずは、今のプロジェクトを確実に遂行して、今後も日本が得意とする分野を活かした宇宙産業の活性化に関わってゆきたいと思っています。」

衛星を取り付ける台座部分を、アルコールを使ってていねいに掃除していた。

おわりに

筑波宇宙センターの中では、日々どのような研究が行われているか?そんな好奇心から、今回は、衛星の開発現場を見せていただいた。お話を聞くと、どの実験も未来につながるものばかりだったので、衛星の開発過程の取材であると同時に、未来が作られてゆく過程を取材させてもらっているような気がした。筑波宇宙センターには、大きな建物がいくつもあるので、他の場所でも、きっと、同じように未来が作られているに違いない。

写真と文 西澤丞 インタビューは、2022年7月に行いました。

振動試験装置に衛星を取り付けている様子。この日の撮影は、ここまでだった。