試験機を作る仕事。ものづくりに必要不可欠な試験機とは?
取材協力 株式会社安田精機製作所 兵庫県西宮市
取材した人 写真家西澤丞
はじめに
2013年の冬。写真集の発売記念サイン会に、一人の青年が現れて、こう告げた。
「僕は、高校の図書館で、あなたの写真集を見て進路を決めました。」
以来、時々やり取りをするようになって数年。ある時、「今の仕事が面白い!」とSNSに書き込みをしているのを見つけたので、この機会に取材をさせてもらうことにした。彼が、どんな仕事をしているのか、ずっと気になってたんだよね。
そもそも「試験機」って、何?
彼から試験機を作る会社に就職したと聞いていたので、工業製品の耐久性を測る装置を作っているのかと想像していた。しかし、この会社で作っている試験機は、樹脂や繊維などの素材に対して、耐摩耗性や強度、耐火性能などを試験するための装置だった。素材を作っているメーカーは、試験機を使って品質を確認してから出荷するし、最終的な製品を作るメーカーは、素材を受け入れる時に要求した仕様に合っているかどうかを確認してから製品へと加工する。つまり、彼が働いているのは、工業製品を作るために必要不可欠な装置を作っている会社だったのだ。
そんな会社で彼は、何を?
先ほどから出てきている「彼」とは、S.Yさん(29)だ。この会社では、設計を担当しているそうだが、パソコンを使った作業だけじゃないようなので、具体的な仕事内容を聞いてみた。
- アイディアを元に手書きのスケッチを描く。
- 計算。モーターの能力や歯車の動きなどを具体的に検討する。これも手書き。
- 3DCAD(パソコン)を使って設計する。
- デザインレビュー(設計審査会)の場で、他部署の人を含め、多くの人から意見をもらう。製品にするためには、単に形になっていれば良いというだけではなく、耐久性や作りやすさなど、数字に出てこない部分も重要になってくるからだ。過去の事例を参考にすることは必須なので、ベテラン社員さんが相談役になってくれるそうだ。
- 紙の図面を作る。部品を協力工場さんに作ってもらうために、設計の意図を記入した図面が必要になる。3DCADデータには、寸法しか書かれていないが、この図面には、部品を組み付ける時に必要な隙間などが書き込まれている。
- コスト計算。図面ができたら購買担当の人に見てもらってコストを算出する。購買担当の人は、図面を見ながら、もっと安い部品があれば、それを提案してくれるのだ。
- 協力工場に図面を渡して部品を作ってもらう。
- 部品の受け入れ。
- 組み立て。この会社で作っている製品は、大量生産品ではなく、オーダーメイドの場合もあるので、全てがスムーズに行くとは限らない。組み立ての段階で改善点が見つかれば、設計にフィードバックされてくる。
- 検査。動作確認など、諸々の検査が行われる。時には、呼び出されてしまうこともあるようだ。
- 納品。お客さまのところに直接納品に行くこともある。
肩書きとしては、「設計担当」となっているが、お客さまの要望を伺うところから納品まで、あらゆる工程に関わっている。また、単に機能や強度を計算するだけではなく、誰がどのように使うのかといった、お客さまへの気配りも求められる。やることが多岐にわたるので、覚えることもたくさんになってしまうが、工程の全体に関われる点が、S.Yさんにとっては面白いのだという。
「お客さまの姿を思い描くことが、とても大事ですね。お客さまが試験機を使った時に、どう感じるのか。使ってくれる人が喜んでくれると、技術者冥利に尽きます。」
設計の仕事をするには、何を勉強すればいいの?
「機械工学は必須ですね。機械工学を勉強した上で、自分の好きな分野をプラスしてゆけばいいと思います。最初は、なんでこんなことを勉強しないといけないのかなって思うこともあるんですけど、興味のあることをやっていると、ある時、『ここで、繋がったんか!勉強って、意味があったんだ!』って思う時があるんですよ。」
大学で原子力に関わる機械工学を勉強したものの、中学校の時からものづくりが好きだったので、設計に関しては独学だという。目標としては、機能美を伴った製品を作りたいと思っているが、過去に作ったことのない製品の場合は、思ったように動かないこともあり、経験不足を実感することもある。理論や3DCADの上で整合性が取れていたとしても、それが必ずしもうまく機能するわけではないからだ。試行錯誤を繰り返しつつも、今の仕事が、自分の思い描いていた設計の仕事そのものだと語るS.Yさんは、言葉の端々からものづくりに対する熱い思いが溢れてくる。
「設計の仕事は、製品が物として残る。お客さまが使ってくれる。夢しかない。」
試験機の製造現場は、どうなっているのだろう?
後半は、品質保証を担当するA.Iさん(45)にお話を伺った。A.Iさんのお仕事は、製品の検査と計測器の管理、つまり組み立て後の話が中心となる。そこで、まずは組み立ての様子を写真でご覧いただこう。
組み立てが終わった後には、A.Iさんが担当する検査の工程が待っている。検査の工程は、以下の通りだ。
- 要望された仕様と合っているかどうかの確認。
- 寸法や質量の確認。加熱装置がついていれば温度の分布なども確認する。寸法を厳密に測る必要があれば、常に温度を一定にした恒温室で計測することもある。
- 動作確認。お客さまから提供された試料(サンプル素材)を使って試験することもある。
- 梱包。出荷する際には、完成図書として取扱説明書や部品のリスト、場合によっては電気図面などを添付する。簡単な修理であれば、お客さま自身で行いたいと希望されることもあるからだ。
検査の要とは?
「お客さまの手元に届けるまでに問題点を見つけることですね。実際に動かしている中で見つけることもありますが、普段触っているものとの違和感を感じて見つけることもあります。弊社は、手作りで生産している都合上、毎回同じものが出来てくるとは限りませんので、見分けることが難しいですね。安全を第一に、手触りに至る点まで確認します。品質を安定させることや細かな気配りも大事にしています。」
安田精機さんでは、ものすごく古い製品が修理で戻ってくることもあり、そのような場合は、戻ってきた段階で状況を確認することも検査の仕事となる。また、最近では、設計や営業の人と事前に打ち合わせをする機会を設けて、品質保証の観点から提案をすることもあり、品質が向上する効果が出ているという。
仕事に対する思いとは?
「いいものを作りたいと思っていますので、必要だと思えば、検査項目を増やすこともあります。単に基準を満たすだけではなく、質を高めるために、お客さまの求めているものが何なのか、そこを考えながら仕事をしています。」
安田精機さんの製品は、300種類以上あって、その上にオーダーメイドの製品が加わる。そのため、毎日が同じ仕事の繰り返しとはならず、思ってもいなかった問題が出てくることもある。人によって向き不向きはあるだろうが、A.Iさんは、勉強の機会がたくさんあると受け止め、変化に富んだ仕事にやりがいを感じているという。
なぜ、品質保証の仕事に?
検査の工程は、ものづくりの仕事の中でちょっと異質な感じがするので、なぜ検査の仕事に就いたのか聞いてみた。
「子どもの頃から機械いじりが好きで、小学生の頃は、勉強もそこそこに友達に頼まれてラジコンを整備したりしていました。大学では、機械工学を勉強しながら、オートバイのエンジンをバラして『これ、いい部品だなあ』なんて思うこともありました。検査の仕事をするようになったのは、以前勤めていた会社で、検査部門に配属されたからです。本当は作る方をしたかったんですけど、やってみたら自分には合っていて楽しかったんです。」
仕事は、どうやって覚える?
A.Iさんがこの会社に入った10年ほど前は、見て覚えろといった雰囲気だったが、今は、新入社員一人に対してベテランが一人ついて指導をしている。また、新入社員とベテラン社員の組み合わせは、毎月変更していて、新入社員が多くの製品に接する機会を作るのと同時に、いろいろな考え方を勉強できる体制が組まれている。
ものづくりに興味のある子どもたちに伝えたいこととは?
「手を使ってものを作るってことを、どんどんやってほしいですね。ものを作る楽しさには、いろいろあると思いますけど、手に触れたり重さを感じる経験は大事だと思います。それから、好きなことだったら、とことんやってほしい。たくさん失敗すると思うけど、それでもやってみたいと思えば、それが本当に好きなことだってわかるから。」
おわりに
安田精機さんは、熱かった!取材のきっかけとなったS.Yさんが熱い人だっていうのは、取材の前からなんとなく感じていたけど、会う人、会う人、みんなが熱かった。みなさんが、それぞれ自分の課題や目標を持っていて、それに向かって努力している様子が伝わってくるのだ。職人さんや経営者であれば、自分なりの目標や考えを持っていても不思議ではない。しかし、会社で働いている人が、自分の課題や目標について熱く語ってくれるのは珍しい。
熱い人が多い要因は、おそらく三つある。ひとつは中途採用の人が多いことだ。ここで働いている中途入社の人は、なんとなく働いているのではなく、自分の理想に近い職場(仕事)を探した結果、辿り着いた人が多い。二つ目は、自由に意見を言える安田精機さんの社風だ。自由に発言できるからこそ、一人一人に責任感が芽生えてくる。三つ目は、会社の規模。大企業には大企業の良いところがあると思うけれど、大企業では製造工程全体を把握すること自体がとても難しい。安田精機さんは、全体を見渡せる規模の会社だからこそ、自分の立っている場所や次に目指す場所が見えてくるのだろう。
職業を選ぶのも大事だけど、どこで働くかも大事。そんなことを強く感じた取材だった。
インタビューは、2022年1月に行いました。写真と文、西澤丞