ガラスは平等だ。理化学ガラスの製造現場。

取材協力:有限会社 桐山製作所(東京都)
取材した人:西澤丞
はじめに
取材先を探している時に見つけた「理化学ガラス」の文字。なんだろうと思って調べてみると、化学の実験で使うガラス器具のことだった。SF映画なんかで博士の部屋に置いてある、透明なガラスで出来た複雑な実験装置、アレだ。俄然、興味が湧いたので取材させてもらうことにした。

桐山製作所とは?
取材をお願いしたのは、東京都内にある桐山製作所さん。理化学ガラスの製造を核として、ガラスの加工技術を活かした様々な製品を作っている。理化学ガラス関連では、フラスコのような基本的なものから工場のパイロットプラントのような規模の大きな装置の製作まで手掛けている。分厚いカタログに数千種類もの商品が掲載されていて、それ以外に特注品の製造も行っている。理化学ガラス以外では、アロマ水蒸気蒸留器が人気のようだ。このアロマ水蒸気蒸留器は、個人的にもちょっと気になる。また、オブジェの製作や壊れた器具の修理にも応じてくれるなど、お客様の要望に柔軟に応えてくれるのが、桐山製作所さんの特徴のようだ。


理化学ガラスの代表的な製品、桐山ロート。右側の写真の白色のものが、一般的なロートだ。それに比べて桐山ロートは、液体の出る穴が一つになっていて、掃除がしやすくなっている。なお、このロートを含め桐山製作所の製品は、ガラスが肉厚だ。薄くすることも出来るが、持った時の安心感や丈夫さ、圧力が掛かった時の耐性などを確保するために、あえて肉厚にしているとのこと。薄いガラスを触ると、なんとなく怖い感じがするもんね。
どんな加工をする?
理化学ガラスの製造は、製品によって加工方法や順序が全く違うので、工程を一律に説明できない。そこで、まずは、大きめな製品で、部品を取り付ける時の様子をご覧いただこう。

画面の中央あたりに写っている段々の部品は、ゴムホースの取り付け口だ。これを画面右側に写っているガラスビンのようなものに接続する。手始めに、ガラスビンの方の取り付け位置を確定し、その部分を加熱する。

加熱した部分に穴を開ける必要があるので、余分な「肉」を取り除く。

穴が空いたら両方の部品を加熱する。この時、両方の部品は、同じスピードで回転している。固定した状態で加熱してしまうと、溶けたガラスが重力に従って垂れてしまうからだ。この後、適温になったのを見計らって、部品をくっつけてゆく。

部品をくっつけたら、ちょっとだけ引っ張る。ガラスは、溶けると球に近い形に縮もうとするので、引っ張って、接続部分をスムーズにするのだ。
工場長の加藤大介さん

取材に応じてくださったのは、工場長の加藤大介さん(50歳)だ。加藤さんは、36歳で工場長を任され、荒川区が認定する荒川マイスターに46歳で認定されたという経歴を持つ、その道のスペシャリストだ。
製造の一部始終
ここからは、一つの製品の加工工程をご覧いただこう。この製品を作る工程には、理化学ガラスの製造に関わる基本的な作業内容が全て含まれているそうで、これを作れるかどうかが、職人としての実力を測る目安になっているとのこと。












この製品を作っている間、部品の長さや角度を測ったのは、ほんの2.3回だった。図面に合わせながら作るのだろうと想像していたので、不思議に思って聞いてみたら「部品の長さをきちんと測ってあれば、後は肉厚を均等にすることで規定の大きさになります。」とのこと。それから、作業中、加藤さんが口にくわえていたパイプは、製品の中に空気を送り込んで、溶けたガラスが縮もうとする力をコントロールするためのものだった。また、写真には写らないんだけど、加工中は絶えず製品を回していて、溶けたガラスが偏らないようにしていた。今回の製品のように曲がった部分があると360度回せないので、その分、気を遣うそうだ。なお、この作業の前には、各部品を作る作業があるので、トータルとしての製造時間は、かなりの長さになると思う。
製作の様子を見ていて思った。加藤さんの作業には、ためらいが無い。どの工程も、スパスパ進んでいって、見ていて気持ちがいい。腕のいい人ほど、仕事が早いし、動きに無駄がなく、一見簡単そうに見える。簡単そうに見えるだけで、素人には絶対できないんだけどね。

加工している時は、ガラスの色や反射光の具合、手応えなど、色々な要素からガラスの状態を判断している。装着しているメガネを通して見ると、ガラスの加熱具合がよくわかる。ただ、作業自体は、加藤さん曰く「脊髄反射的」なものだそうだ。歩く時に手足の動きをいちいち気になしないのと同じで、体が勝手に動く。
研磨と徐冷(じょれい)、検査など

部品が形になってからも作業は続く。上の写真は、真空が保たれているかを確認するためのテスラ真空検査だ。撮影させてもらったのは、半製品の状態での検査。この部品は、この後ガラス管の中に組み込んでしまうので、その前に検査が行われていたのだ。なお、真空が重要な製品は、完成後に全製品で同様の検査が行われる。

これは、フラスコの接続部分を研磨している様子だ。フラスコの接続口は、10%のテーパーをつけないといけないので、それに合うように研磨する。なお、10%のテーパーとは、10センチ進んだら1センチ下がる(上がる)傾斜のことだ。

計測用の治具を時々あてがいながら、研磨剤の粒状度を細かくしてゆく。最終的には、削ったところが透明になるまで磨き上げる。ちなみに他社の製品はすりガラス状のままだそうで、これは桐山製作所さんのこだわりだ。すりガラス状になっていると、接続口に繋いだ部品が外しにくくなったり、薬品が残りやすくなってしまうからだ。

次の工程である徐冷に進む前に、会社のロゴを貼る。このロゴは、徐冷の際に加える温度で焼き付くようになっている。つまり、ロゴがきちんと焼き付いているかどうかで、徐冷炉内の温度がきちんと上がったどうかわかるようになっているのだ。ものすごく合理的。

徐冷炉に製品を並べている様子。徐冷は、ガラス製品の中に生じた応力を取る目的で行われる。理学ガラスの製造工程では、部分的に熱したり冷やしたりを繰り返すので、製品の中に余分な緊張状態が生まれる。それを、そのままにしていると何かの拍子に割れてしまうことがあり危険なので、その応力を取り除かなければならないのだ。具体的には、580度まで熱し、そこからゆっくりと冷やす。桐山製作所さんでは、退社前にセットして、翌日の朝には出来上がるようにスケジュールが組まれている。徐冷が済んだら、検品、梱包、発送という流れになる。

徐冷を行う前の製品の様子。製品に照明を当て、特殊なフィルター越しに見ると、ビンの口や側面の接続部分など、加工を行った部分に水色の模様が見えている。この水色の部分が、応力のある場所だ。
加藤さんに個人的なことを聞いてみた
・なぜ桐山製作所に?
「僕が、入学した高校は、『ビーバップハイスクール』(不良が主人公の漫画)みたいな学校で、2年生になると同級生が半分くらいになるような学校でした。だから面白くなくて、退学して就職しようと思った時に、テレビで、どこかの学者さんが大きなガラス器具を前にして『こういう器具を作ってくれる人がいなくて困っている』という話をしていたのを思い出しました。そこで、ガラスを扱う会社にたくさん電話した中で、桐山製作所がカタログを送ってくれて、見学に来たところから始まりました。16歳で入社して、今34年目です。」
・どうやって仕事を覚えた?
「これ、聞かれると『色々苦労したんです』って言った方が、いいのかなって思うんですけど、僕は10年くらい掛かると言われている仕事を1、2年で出来るようになってしまって、苦労ってしたことがないんですよ。だから、今の仕事は天職だと思っていて、本当にこの会社に入れて良かったと思っています。」

・仕事の面白さとは?
「複雑なものを作る時でしょうか。図面から形になってゆくと達成感があります。最近は、修理が楽しいですね。修理で持ち込まれる物って、ヒビが入っていることが多くて、それを広げない熱の加え方などが難しいですね。ガラスの痛みを想像しながらやっています。製品を作るのと違って前提条件がそれぞれ違いますから、失敗から学んだ経験が重要になってきます。」
・課題とは?
「一番難しいのは、人の教育でしょうか。『他の人とコミュニケーションを取らずに済みそう』という誤解や消極的な姿勢で就職を希望してくる人もいますが、職人であっても、ただ作っていればいいというわけではありません。この会社でも、事務の人もいれば、管理職の人や社長もいます。そういう人たちとコミュニケーションを取らずに仕事を進める事はできません。また、あまりに目標が具体的すぎると、それもうまくゆきません。目の前にある仕事とのズレばかりが目についてしまうのだと思います。向いているのは、ものづくりが好きで、具体的な目標が定まっていない人でしょうか。素直な人がいいですね。」

・これからの展望
「工場長としては、どうやったら早く作れるのかを考えることも必要ですし、職人さんの得手不得手を把握し、仕事の割り振りも考えなければいけません。それぞれの特徴を活かして、理化学ガラス以外でも新しいことに挑戦したいですね。また、ガラスを使ったものづくりでは、金型のようにコストの掛かるものは必要ありません。思いついたものをすぐ形に出来ますので、その特徴を活かして、どんどん新しい商品を開発してゆきたいと思っています。」
・読者に対して一言
「好きなことを仕事にするのが、一番の強みです。好きなことであれば、常にアンテナを張っているでしょうし、自発的に『あれをやってみよう!』となりますから、言われたことだけをやっているよりも、早く上達します。それに、好きなことをやっていると人間関係も良くなってゆきます。ものづくりに人間関係なんて関係ないように思えるかもしれませんが、意外と重要です。ぜひ、好きなことを仕事にしてみてください。」

おわりに
「ガラスは誰にでも平等ですから、ガラスを扱っている後ろ姿には、作り手の本能が見えてきます。」
加藤さんは、経歴も言葉も、そして仕事をしている様子も、いちいちかっこいい。一方で、同じ部屋で作業をしていた年配の方から「会社に入って来た時は、可愛かったよ〜。今も可愛いけど。」なんて言われる、愛されキャラでもある。ずるいよ!加藤さん!!
ということで、親切な社長さんをはじめ、多くの社員さんからアットホームな雰囲気がにじむ、桐山製作所さんを取材させてもらいました。
写真と文 西澤丞 取材は、2026年7月に行いました。




