140度の薬品と向き合い、金属を「スタイリッシュな黒」へ ── 黒染め加工の奥深さ

撮影協力:株式会社エス・ ティ・エム
取材した人:高坂浩司

はじめに

愛知県名古屋市に拠点を構え、金属パーツを深く美しい黒へと染め上げる「株式会社エス・ティ・エム」。一見するとニッチな「黒染め加工」という技術ですが、金属を錆から守る「防錆(ぼうせい)」という本来の重要な目的を持っており、その確かな実用性と美観から、実は私たちの身近な製品から大手自動車メーカーの部品まで、広く社会を支える重要な役割を担って います。今回は、先代であるお父様から会社を引き継ぎ、1年半前に社長に就任した宮崎克也さんを取材させていただきました。

工場内を満たす、ものづくりの熱気

現場に足を踏み入れると、むき出しの配管とそこかしこから吹き上がる蒸気が目に飛び込んできました。飾らない無骨な機能美を感じさせるその光景は非常に魅力的で、シャッターを切る指にも自ずと熱が入ります。

蒸気が立ち上る構内。仕事中は神経を研ぎ澄ます

空調は導入されているとのことでしたが、それでも工場内には6月にしてすでに強い熱気が立ち込めていました。本格的な夏を迎えれば、その過酷さは想像に難くありません。140度にも達する劇薬を扱う環境ということもあり、今回の撮影では機材の扱いや自身の動きに細心の注意を払って臨みましたが、これを「日常」として毎日繰り返す職人の方々の緊張感と気の配りようは計り知れません。

危険な工程もあるので、作業中に油断は禁物

黒染め加工の基本的な流れ

黒染め加工は、工程の間に丁寧な「水洗い・お湯洗い」を何度も挟みながら、大きく次の3つのステッ プで進められます。

染める前の金属製品には油汚れなどが付着しているので丁寧に取り除くことが重要

1 )下準備(洗浄) 専用の液で金属表面の油汚れや不純物をきれいに落とし、仕上がりの色ムラを防ぎます。途中、水洗と湯洗の工程を挟みます。

かごに製品を入れ、専用液に入れて洗浄
オリーブオイルのようだが塩酸なので要注意

2) 黒染め処理 専用の液剤に浸け、化学反応で金属の表面に黒い保護膜を作ります。塗料を塗る わけではないため、精密部品の寸法を損ないません。

工程のメインであり仕上がりが一番左右される
かごから出してみると黒に染まってる

3 )仕上げ(防錆コーティング) 最後にサビ止めの油をしっかりと塗り込みます。これにより防錆効果が高まり、黒染め特有の深みのある艶が生まれます。

油が塗り込まれると艷やかな黒に仕上がる

最後に厳しい外観チェックを行い、製品が完成となります。

染める前と染め上がりの比較

作業工程は驚くほど細分化されていました。少しでも仕上がりを良くするために、どの工程においても一切の手を抜くことなく、ただひたすらに品質と向き合っています。 その情熱と緻密な手仕事の結晶として生み出された金属の「黒」は、まるで艶やかな黒豆のように深く美しい光沢を放ち、静かで奥深い魅力を湛えていました。

レンズ越しに見えた、真摯な眼差し

ファインダー越しに何より目を奪われたのは、作業に向かう宮﨑さんの真っ直ぐな眼差しでした。 ご本人にとって、それは毎日の当たり前の日常風景かもしれません。しかし、火の入り方や温度に よって刻一刻とコンディションが変わる現場では、一瞬たりとも気が抜けません。それでも決して過剰 に気負う様子はなく、淡々と、ごく自然な所作で常に高いクオリティを保ち続けていく。
その冷静で無駄のない佇まいの奥底に、ものづくりに対する確かな、そして熱く秘められた情熱が燃えているのを感じました。

毎回、同じクオリティを保つことの大変さ それでも現場に立ち続ける

作業が一段落したところで、宮﨑社長に直接お話を伺いました。

0か100か。化学反応で生み出す「スタイリッシュな黒」

―― まず、「黒染め加工」とはどのような加工なのでしょうか。その面白さについて教えてください。

宮﨑社長: 金属の表面処理の一種ですが、一番の面白さは「綺麗になっていく過程」ですね。 加工前の状態から、処理を施すことで見た目がスタイリッシュな黒に仕上がる。もちろん、現場で黒染めが求められる一番の目的は「防錆(サビ防止)」なのですが、その実用的な目的を満たしつつ、これほど美しく仕上がる。そこが他の表面処理とは少し違う、黒染めならではの魅力だと思います。
ただ、現場で一番気を使うのは液の「濃度管理」と「温度」、そして加工後の「洗浄」です。 季節によっても条件が変わります。黒染めは化学反応なので、中途半端な仕上がりはなく「0 か100か」の世界なんです。少しでも条件が狂うと、色ムラになったり上手く染まらなかった りします。

今日うまくできても明日はそうとは限らない そこが仕事の面白さ

―― その繊細な調整は、どのように身につけていくのでしょうか。

宮﨑社長: 一応、基準となる数値はあるのですが、最後はやっぱり「感覚」の部分が大きいです。若 手が入ってきた時も、何度で設定して、液がどれくらい沸騰しているかといった具合を見ながら教え ていきます。最初は上手くいかないこともありますが、2~3ヶ月ほど繰り返すうちに、自然とその感覚 が分かってくるようになりますね。
もし不良が出た場合は、一度黒染めを剥がしてやり直すことも可能です。ただ、金属自体にダメージ を与えてしまうため、許容できるのはせいぜい3回まで。できれば一発で、不良「0」で仕上げるのが 私たちの基本です。

見て覚える、言うは簡単でも体得するまでが大変だと思う

140度の劇薬と手作業。過酷な現場で守る品質

―― 作業環境はかなり過酷だと伺いました。

宮﨑社長: そうですね。140度の高温で薬品を扱うので、危険とは常に隣り合わせです。薬品が跳ねて飛んでくることも日常茶飯事で、目に入らないよう保護メガネは絶対ですし、帽子も必須です。薬品はぬるぬるしていて、皮膚につくと溶けてしまうような劇薬ですから、火傷の危険もあります。昔の職 人の世界ではもっと危険なやり方をしていて、指をなくす人もいたと聞くくらいです。

眼に酸が入るなんて想像もしたくない、安全も仕事の一部

―― それだけ危険が伴うなら、機械による完全オートメーション化はできないのでしょうか。

宮﨑社長: 愛知県内でも同業は5、6社ほどというニッチな市場なので、そこまで大規模な設備投資をする市場規模ではないという背景もあります。しかしそれ以上に、やはり「人の手」を借りないとできない絶妙な作業が多いんです。だからこそ、私たちがマンパワーで品質を守り続けています。

手袋越しの「感覚」はマシンに勝るということなのだろう

「何でも相談できる存在に」 ── 新米社長の挑戦と組織づくり

―― 1年半前に社長に就任されたとのことですが、それまでの経緯を教えてください。

宮﨑社長: 実は最初から黒染めの知識があったわけではないんです。以前は別の製造業(表面処理関連)にいて、そこからうちに入って6年ほど働き、一度飲食業界(パン屋)へ転職しました。ただ、ちょうどコロナ禍と重なってしまい、2年前にまたこの会社に戻ってきました。そしてその半年後に、父 親から会社を継ぐ形で社長に就任しました。

父であり先代の社長でもある現会長の宮﨑篤さんは、同じ現場で今も腕をふるっている

―― 社長になられてから、意識していることや変えていきたいことはありますか?

宮﨑社長: 今はまだ目の前の現場を回すことで精一杯ですが、将来的にはしっかりと経営理念を作 り、ブレない軸を持ちたいと思っています。社員と同じ方向を向いて走るためにも、戦略を立てて人材育成ができるようになりたいですね。
お客様との関係で一番大切にしているのは、「頼みやすい雰囲気」を作ることです。品質を守るのは 当然ですが、「何か困ったことがあればエス・ティ・エムさんに聞いてみよう」「他の人には言いにくい けど、ここの社長には言いやすい」と思ってもらえるような関係性でありたい。クレームや難しい相談 も、まずは受けてみてから考える。そうやって柔軟に対応していく姿勢を大切にしています。

仕事の合間には、看板犬の悟飯ちゃんに癒される毎日

働くとは「社会への貢献」。今日より明日が楽しみになる仕事

―― 最後に、社長にとって「働くことの意義」とは何でしょうか。

宮﨑社長: 昔は「飯を食うため」という意識でしたが、最近は少し見え方が変わってきました。「自分は社会に貢献できているか」「誰かの役に立っているか」という思いが強くなっていますね。 私たちの手がけた部品が何に使われるか、その先が見えるからこそ、もし不良を出してしまえば重 大な事故に繋がるかもしれないという責任感があります。だからこそ、より丁寧に仕事と向き合える ようになりました。

―― 今後の展望や、夢があれば教えてください。

宮﨑社長: あとは、個人向けの黒染めサービスを展開していきたいですね。黒染めは本来の目的である防錆にも優れ見た目もかっこいいので、車やバイクのパーツ、キャンプ用の鉄製アウトドアギアなどと相性が良いと思うんです。ご自身で黒染めをしているDIY層に向けて、ちゃ んとした設備・工程でプロのクオリティを提供したい。1個などの極小ロットからでもお受けできるように計画を立てています。
今は人手不足で、夏場は現場も過酷で苦しい時もあります。でも、自分で考え、挑戦できる環境があるから、日が経てばそれが「楽しい」に変わる。今日より明日の方が楽しみだと思える、そんな毎日ですね。

今日より明日が楽しい、そう思えるようにこれからも頑張り続ける

おわりに

140度の劇薬と、吹き上がる蒸気。決して快適とは言えない過酷な環境の中で、長年培われてきた職人の手仕事が確かに息づいていました。
しかし、私が現場で最も強く感じたのは、古き良き町工場の姿だけではなく、そこから新しい風を吹き込もうとする若きトップのエネルギーです。「今日より明日が楽しみになる」。その言葉通り、社会貢献という信念を胸に次々と新しいアイデアを語る宮﨑さんの姿は、とても頼もしく映りました。これからエス・ティ・エムが、そしてあの美しい「黒」が、どのような新しい世界を見せてくれるのか。

今後の展開が非常に楽しみでなりません。

写真と文:高坂浩司  取材は、2026年6月に行いました。

高坂 浩司(Koji Takasaka)
丁寧なヒアリングと提案で撮影の解像度を高め、いかなる状況下でも常にプロとしての最適解を導き出し、被写体の未知の魅力を引き出します。現在は働く人や採用関係、企業ブランディングの撮影をメインに活躍中。株式会社レンズアソシエイツ所属、名古屋造形大学 非常勤講師、公益社団法人 日本写真家協会会員
株式会社レンズアソシエイツ 写真・映像部門「SUPER STLONG SHOOTING」