次世代林業の取材に行ったら、思った以上に壮大な計画だった!
取材協力:群馬県林業試験場 磯村産業株式会社
はじめに
以前、林業の仕事を取材させてもらった磯村産業さんが、群馬県林業試験場さんと一緒に、次世代の林業のための実験をすると伺ったので、取材させてもらうことにした。
この記事で撮影したのは、植林、現地製材、3次元測定といった三つの実験の様子。実験の現場は、すべて磯村産業さんが所有する群馬県高崎市の森だ。また、写真の解説や文章は、後日、林業試験場の坂庭浩之さん(57)と飯田玲奈さん(40)に伺ったお話をもとに書いている。
林業における試験場の役割とは?
まずは、坂庭さんに、そもそも林業試験場って何をしているところなのか聞いてみた。
「大きく分けて、企画・自然環境係、森林科学係、木材係、きのこ係の4つがあります。私は、もともと企画・自然環境係を担当していましたが、今は、全体の研究の方向性を決める役割をしています。個々の研究をバラバラに進めるのではなく、マインドマップ(下図)を作って方向性を決め、それに向かって研究を進めています。」
マインドマップとは、研究の目的や計画を進める上での課題を、可視化した図のことだ。ここでは、高付加価値木材の生産に関わる部分のみを掲載しているが、ご提供いただいたマインドマップには、林業を次世代の林業へと転換してゆくためのマップや磯村産業さんと行っているモデルケースを進めるためのマップなどもあった。本当は、マップ全体を掲載して、林業試験場の取り組み全体を紹介したいんだけど、大きなマップをそのまま掲載すると文字が小さくなりすぎて見えなくなってしまうので、ここでは、記事の内容に一番関係の深そうな部分だけを抜粋して掲載することにした。
「今、林業に一番必要なのは、『売る力』です。現状では、規格に当てはまらないものは、あまり価値が無いように思われているんですが、磯村産業さんが持っているような大径木には、潜在的な価値があると思っています。太い木には、太い木の使い道があるからです。山の人には、100年も育てた木を、安い値段で売ってほしくない。そのためには、自分自身で売る力をつけなければいけないんです。
また、林業には、もうひとつ課題があって、それは、受注生産型だってことです。お客さまから注文が入ってから、木を探して切り出してくるので、効率が悪くて利益を出しにくい。だから、『うちには、こういった木がありますよ。』という提案型、つまり、あらかじめ在庫として持っておけば、森林所有者のペースで仕事ができるし、建物を設計する人も在庫を考慮して図面を引いてくれるようになると思うんです。問題は、森林の所有者が、そのことに気がついて、動いてくれるかどうかです。」
現状では、林業従事者は、市場や製材所に出荷するところまでを仕事にしている場合が多いので、市場で値段が決まってしまって、森林所有者側に価格決定権がない状態になっている。つまり、いくらコストが掛かっていても、それを価格に反映できないのだ。30年育てた木が、1本あたり数千円程で出荷されると聞くと、僕のような素人でも、なんとかしなければと思う。また、磯村産業さんの森には、手間をかけて育てた樹齢100年ほどの太い木があるのだが、そのような木は、大きすぎて普通の製材所では扱えないので、流通させにくい。だから、森林所有者が、自分で販路を確保する必要があるのだ。
こういった背景があるので、群馬県林業試験場としては、販路の研究を含め、森林所有者が消費者に届く最終的な製品やサービスまで手がけるビジネスモデルを提案しているってことだ。
「今、商品がどういうストーリーを持っているかって、重要なわけじゃないですか。そういう意味では、こだわりを持って100年育てた木には価値がありますし、実際にどこの山から切ってきた木かっていうのは、ICタグなどを使ってトレースすることも可能ですから、森林所有者がストーリーを提示しつつ、最終的な製品にまで関わることには、意味があると思っています。普通の研究機関では、ここまでやらないかもしれませんが、群馬県の試験場なので、群馬県の木をちゃんと売りたいですし、群馬県の山を守りたいと思っています。」
撮影させてもらった実験は、個々に見れば、効率化や省力化を目標にしているが、最終的に目指しているのは、木を売るための仕組みであり、ブランディングだった。日本では、ものを作ることには非常に熱心だが、作ったものの良さを伝えることに興味のない人もいて、常々もったいないと思っていたので、ここでブランディングの話が出てきて、驚いたのと同時に、ちょっと安心した。せっかく良いものを作っても、その良さを伝えなければ、安く売るしかないからね。消費する側にとっては、安く買えることは、ありがたい面もあるのだが、そのことによって後継者が育たなかったら、結局、消費者も購入できなくなってしまう。品質に対する正当な価格が、生産者と消費者の間でうまく意思疎通できれば、どちらにとってもメリットがあると思っているので、この取り組みは、非常に面白い。
今後の展開についても聞いてみた。
「林業の形態には、自伐林業といって、森林の所有者と契約して伐採作業などの森林整備の作業を請け負い、得た収入の一部を所有者に渡すという形態もあります。四国では、若い人が、そういったやり方で仕事をはじめていて、収益を上げています。群馬でも水上地域には若い人が入り始めているので、磯村産業さんとのモデルケースがうまくゆけば、そういった人たちにも適用できるんじゃないかと思っています。山には、もう、いつでも切り出せる木が植わっているわけですから、後は、きちんとした価格で売るだけです。」
なぜ林業試験場に就職?
さて、話がちょっと変わるけど、お二人に、林業試験場に就職した理由を聞いてみた。このウェブサイトは、これから職業を選ぶ人たちの参考になればいいなあと思って運営しているので、林業の仕事は、現場だけじゃないってことも知ってもらいたいからだ。
まずは、獣医師の免許を持っている坂庭さん。
「高校生の頃、最初は、工学部に行こうかなと思っていたんですが、高校2年生の時に、動物も好きだったし免許が必要な仕事の方が有利かなと思って獣医師になることにしました。急な方向転換で、親はびっくりしていましたけど。大学を卒業してから群馬県に就職し、18年後に自然環境課に配属されました。そこで野生動物に関わることになったのですが、そこには貴重なデータがたくさんあったので、論文をたくさん書いていたら、この試験場に異動となり、それ以来ここにいます。ここには野鳥病院もあるので獣医師がいるほうがよいですしね。」
一方、飯田さんは、今、大学院にも在籍しているそうだ。
「高校生の時は、音楽と環境に関わることに興味があって、大学を選ぶ時に、環境に関わることを学校で勉強するために森林学科に進みました。大学生の時に、フィールドワークをする場所が群馬だったので、群馬の自然に魅力を感じて、群馬県の林業職に就職しました。県の職員には、「電気」とか「土木」といった職種があって、その中に「森林」っていうのがあるんです。大学院に行っているのは、仕事を進める上で、より高度な専門知識が必要だと思ったからです。」
なお、研究はどこまでも突き詰めて行けるので、時間が経つのを忘れてしまうことも多く、健康管理には気をつけているとのこと。それから、今、林業系の学生の男女比は、同じくらいか、もしくは女性の方が多いことがあると教えてくれた。
お二人とも、高校生の時に思い浮かべていた仕事と今の仕事が必ずしも一致しているわけではないようだが、それぞれ楽しそうに仕事の話をしてくれた。人によっては、早くからやりたいことを決めている人もいるが、やりたいことを見つける過程は、人それぞれなので、高校生の時点で、そんなに深刻に悩む必要はないのかもしれない。実際にやってみないと、その仕事の面白さや大変さっていうのは、わからないからね。
最後に
「根性」っていうのは、あんまり好きじゃないけど「熱意」っていうのは、仕事をするうえで重要だと思っている。特に、多くの人の協力してもらう時や前例のないことをやる時には、必須だ。その点、今回お話を伺った坂庭さんは、とても楽しそうに意気込みを語ってくださったので、林業の今後が楽しみになってきた。制度や仕組みは、大事かもしれないけど、熱意のある人がいなければ、新しいことに挑戦しようって気持ちには、ならないからね。
なお、以前、掲載した林業の記事にリンクを貼っておくので、こちらも、是非ご覧いただきたい。
「森で働く仕事、林業の現場に行ってきた。前編」
「森で働く仕事、林業の現場に行ってきた。後編」